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vol.3
スポーツ文化評論家 玉木 正之 (たまき まさゆき)
プロフィール
 1952年京都市生。東京大学教養学部中退。在籍中よりスポーツ、音楽、演劇、
映画に関する評論執筆活動を開始。小説も発表。『京都祇園遁走曲』はNHKでドラマ化。静岡文化芸術大学、石巻専修大学、日本福祉大学で客員教授、神奈川大学、立教大学大学院、筑波大学大学院で非常勤講師を務める。主著は『スポーツとは何か』『ベートーヴェンの交響曲』『マーラーの交響曲』(講談社現代新書)『彼らの奇蹟−傑作スポーツ・アンソロジー』『9回裏2死満塁−素晴らしき日本野球』(新潮文庫)など。TBS『ひるおび!』テレビ朝日『ワイドスクランブル』BSフジ『プライム・ニュース』フジテレビ『グッディ!』NHK『ニュース深読み』など数多くのテレビ・ラジオの番組でコメンテイターも務めるほか、毎週月曜午後5-6時ネットTV『ニューズ・オプエド』のMCを務める。
公式ホームページは『Camerata de Tamaki(カメラータ・ディ・タマキ)
アメリカンフットボールやベースボールなどのアメリカ型球戯は、サッカーやラグビーなどの
ヨーロッパ型球戯と、何が「違う」のか?

それは、アメリカン・デモクラシーとヨーロッパ・エリート主義の違い

大相撲、女子レスリング、バドミントン……と、今年は日本のスポーツ界に、何かと「問題」が起こる1年となってしまった。

そんななかで、日本大学アメリカンフットボール部による「悪質タックル事件」は、事件から2か月以上経ってもまだテレビ、新聞、週刊誌等のメディアで騒がれ、収束する気配を見せない。その「事件」の詳細についてはメディアの報道にまかせるとして、ここでは「アメリカのボールゲーム」という独特の特徴を持つスポーツについて考えてみたい。

アメリカで生まれ、また、発展したボールゲームは、アメリカンフットボールの他に、ベースボール、バスケットボール、バレーボール、アイスホッケーの5種類があり、そのすべてが1965年の南北戦争の終結後に創作されたり、人気が広がったりした。

それは南と北に別れて戦争していたアメリカが統一され、アメリカ人のナショナリズムが高まったからでもあった。アメリカ人たちは、ヨーロッパから伝わってきたサッカー(アソシエーション・フットボール)やラグビー・フットボールやホッケーではなく、アメリカ独自のスポーツ文化を求めたのだ。そこで19世紀後半にハーバード大学、イェール大学などアメリカ東部の大学(アイヴィ・リーグ)の学生たちによってアメリカンフットボールが創案された。同じ頃、マサチューセッツ州のYMCAの体育教師がバスケットボールやバレーボールを創作し、ベースボールもメジャーリーグが大人気を集め始めた。

それらアメリカの球戯(ボールゲーム)には、どれにも共通する特徴が存在した。それは、一つには選手交代が頻繁に認められ、出場選手が多いことだ。

サッカーやラグビーなど欧州生まれの球戯は、ルールが整えられ始めた当初(19世紀初頭)は、選手の交代を認めないのが大原則。のちにアメリカの影響を受けて選手交代を認めるようになったが、一人でも多くの選手の参加を促した「大衆参加型」のアメリカ型球戯に対して、選ばれた「エリート中心主義」が欧州型球戯の特徴だった。

審判も、アメリカ型球戯にはどれも複数存在し、合議制でジャッジが下される。それに対して欧州型は、最近でこそ副審をふくめた複数審判による合議やビデオ判定も導入されるようになったが、以前は一人の審判(主審)が単独ですべての判定をくだしていた。

その違いの背景には、即断即決の早い判定を王様がくだした絶対王政の歴史があるヨーロッパと、絶対王政の歴史が存在しない民主制社会アメリカ(アメリカン・デモクラシー)の歴史の違いが存在するという。

また、試合時間が制限されている球戯では、時計が誰の目にも(観客の目にも)見える場所に置かれているのがアメリカ型で、一人の審判が身に付けている腕時計で判断するのが欧州型。これも絶対王政の歴史を持つヨーロッパと、誰もが納得できるアメリカン・デモクラシーの違いといえるだろう。

アメフトでは、4度の攻撃で10ヤード進むかどうかが争われ、それに達しない場合は攻撃権が相手チームに移る。その距離が微妙な場合は10ヤードの長さの鎖(チェーン)が持ち出されて計測される。一方サッカーのフリー・キックでは、相手選手が9.15メートル(約10ヤード)以上離れなければならないが、その距離は審判の歩数(目分量)で決められている。

それらもアメリカ型民主主義と、絶対王政下の欧州型エリート主義(エリートは細かいことに拘泥しない?)の違いと言えそうだ。

さらに両者の大きな違いとして、アメリカ型の球戯には試合の中断が頻繁に起こることをあげることができる。一方、欧州型の球戯はできる限り試合を連続させようする。

ベースボールは投手が一球投げるたびに「間」があり、約3時間の試合時間のなかで実際にボールが動いている(プレイが行われている)時間は20分程度とのデータもある。アメフトも1プレイごとにハドルが組まれ(攻撃側の選手が集まり)、簡単な作戦会議が開かれる。バスケやバレーでも作戦のためのタイムアウトが認められ、試合は中断することが多い。が、サッカーやラグビーやホッケーでは、作戦タイムなど存在しない(認められない)。そのうえ審判は、できるかぎり試合の流れを止めないようにして、ボールと選手を動かし続けようとする。

この違いは、劇場の有無によるところから生じたという。ヨーロッパでスポーツがルールを整え始めたころ(19世紀初頭)には、すでに多くの芝居小屋や劇場やオペラ・ハウスが存在し、人びとは「ドラマ」を楽しむことができた。

が、アメリカでは、ヨーロッパからの移民時代や西部開拓時代を通して、なかなか劇場を建設することができなかった。それは過酷な開拓労働や原住民(ネイティブ・アメリカン)との闘いがあったからだが、アメリカでは、演劇やオペラを楽しむ文化の発展が遅れた。そこで、ドラマを見る楽しみがスポーツに求められ、観衆は試合が中断するたびに、次には何が起こるのか……、いま選手は何を考えているのか……、試合(物語)はこれからどんな展開を見せるのか……と、演劇やオペラを楽しむように、スポーツ(ボールゲーム)を一種の「ドラマ」として楽しんだのだ。

スポーツをスポーツとして楽しむためには、技術や戦術など一定のスポーツに対する知識が必要だが、スポーツを「人間ドラマ」として楽しむには、人間としての感情の変化(喜怒哀楽)に反応すればいいので、それは誰にもわかりやすい。明治時代初期に多くのスポーツが欧米から伝播した日本で、まずはアメリカ型のベースボールが大人気を博したのも、そんな「ドラマとしてのスポーツ」のわかりやすさのためだったのだろう(漫画『巨人の星』の人気も、野球の面白さよりも、親子や家族の人間ドラマの魅力ですよね)。

アメリカ型球戯は、試合の中断が多いことから、選手が監督・コーチの命令を頻繁に受けることにもなった。サッカーやラグビーでは、選手が自分の判断で動く場合が多いが、野球やアメフトは選手がベンチの命令で動くケースが多い。それもまた両者の面白い相違点と言えるが、それは、アメリカ型球戯が欧州型ほどには世界的(グローバル)な人気を得られない原因と言えるかもしれない。

野球とサッカー、アメリカンフットボールとラグビー……あなたは、どっちが好き?

 
 

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