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第 9 回  洪水リスクアセスメントのための入門講座 
都市の洪水リスク解析入門
 
書籍『都市の洪水リスク解析』(著:芝浦工業大学教授 守田優氏/フォーラムエイトパブリッシング刊)による入門講座です。洪水リスクアセスメントの考え方について、基本的な理論や手法からリスク評価への応用、将来的な展望までをわかりやすく解説していきます。今回は前号に引き続いて洪水リスク解析の応用をテーマとし、気候変動による洪水リスクの評価について説明します。
洪水リスク解析の応用2

  気候変動による洪水リスクの評価

気候変動と都市洪水
気候変動の洪水や渇水への影響に関する研究は膨大な量に及ぶ。気候変動は確実に洪水の強度と頻度を増すと考えられる。都市流域における洪水リスクアセスメントでは、気候変動による豪雨特性の変化に焦点を当てるが、特に、数10kmの空間スケール、数10分から数時間の短い時間スケールの豪雨が対象となる。都市河川や都市雨水排水における計画降雨は、すでに述べたように降雨強度曲線(IDF curve :Intensity-Duration-Frequency curve)をもとに作成される。気候変動の研究が都市流域の洪水リスク評価に適用されるとすれば、気候変動により現在の降雨強度曲線が将来どのように変化するかについて見積もることが必要になる。しかし、そのような研究はきわめて少なく、Nguyenら[1][2]のいくつかの先駆的研究が見られる程度である。これは気候変動に関するグローバルな全球気候モデルや地域気候モデルの計算結果を、時間的空間的にきわめて小さい都市流域スケールにダウンスケーリングすることの困難さからきている。そしてこれが計算可能であったとしても、その結果は大きな不確実性をともなうことにならざるを得ない。私たちとしては、都市の洪水リスクの研究において、常に気候変動に関する最新の研究成果を調査し、そこから都市流域に適用できるものを採用することが課題となる。

洪水リスクアセスメントの手法に気候変動の影響評価を組み込む方法にはふたつある。ひとつは定量的な予測をもとに気候変動後の降雨強度曲線を作成する方法、いまひとつは、再現期間の短縮分から、ダイレクトに被害ポテンシャル曲線をシフトする方法である。以下、これらの方法について紹介する[3][4]

気候変動と洪水リスク評価 (1)降雨強度曲線の作成
本書で提示している洪水リスクアセスメントの手法は、さまざまな再現期間をもつ計画降雨ハイエトグラフから始まる。よって、気候変動による洪水リスクの評価を行うには、計画降雨、すなわち降雨強度曲線を気候変動の影響を考慮して作成することがまず考えられる方法である。ここで東京都河川部の降雨強度曲線をあらためて示す(図1)。

ところで気候変動の将来予測をもとに降雨強度曲線を作成すると言っても、すでに述べたように都市流域の時間・空間スケールでの将来予測は現在のところ期待することが難しく、さらに東京エリアにしぼるとまず不可能であろう。そこで、入手可能な(2010年段階で)資料から、シナリオ的に降雨強度曲線を仮定し、気候変動による洪水リスクの増加を評価する。これから述べるのは神田川中上流域を対象に、Morita[3]で提示した方法である。

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図1 東京都の降雨強度曲線(東京都建設局河川部)

気候変動を考慮した降雨強度曲線を作成するために、関東地方と東京を対象とした二つの研究を参考にした。ひとつは国土技術政策総合研究所の和田ら[5]が、気象庁気候・海洋気候部、気象研究所との共同研究として行ったものである。

この研究は、日本の各地域の地球温暖化による降雨特性の変化を研究対象としており、気象研究所が開発した地域気候モデル(RCM20)によって全球気候モデル(CGCM2A2)の計算結果を、20km、3時間まで空間的・時間的にダウンスケーリングしたものである。報告書では、50年後の100年確率降水量として、3時間雨量では、全国的に10から20%増加し、関東・中部・北陸地方と瀬戸内海西部の地域で20%以上増加するとしている(Study A)。

もうひとつの研究は、東京大学生産技術研究所の沖・鼎研究室による確率論的研究である[6]。東京大学気候システム研究センター(CCSR)、国立環境研究所(NIES)、海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)の合同チームによる高解像度大気海洋結合気候モデル(K-1モデル)を用いた1900年から2100年までの気候変動シミュレーションのアウトプットを用いて、地球温暖化に伴う降水生起確率の変化を求めている。この研究では、20世紀と21世紀の間の年最大日降水量の変化を再現期間ごとに整理している。この再現期間に対応して降雨強度曲線を作成することが可能である(Study B)。

こうして20世紀(気候変動前)と21世紀(気候変動後)の降雨特性の変化を、再現期間がどのように変化するかという観点から定量的に示したのが図2である。この図をもとに降雨強度曲線を作成するが、図3には、例として再現期間30年の降雨強度曲線を示した。現在(東京都河川計画)のものと両研究によるものを示したが、後者の二つの曲線がほとんど重なっているのは興味深い。

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図2 気候変動前と変動後の降雨の再現期間の関係 図3 気候変動前と変動後の降雨強度曲線

降雨強度曲線が作成されると、それをもとにModel 1とModel 2で計算を進め、被害ポテンシャル曲線、リスク密度曲線を求める。ここでModel 1は、2次元拡散波モデルを用いて外水氾濫のみを対象に計算している。図4は被害ポテンシャルを示しているが、現在の被害ポテンシャルに対して地球温暖化による大幅な増加が明らかである。また、年間リスク密度曲線(図5)を見ると、洪水リスクの増加とともに、リスクのピークがより小さな再現期間に移行している。ただ、これは図3のように、どの降雨継続時間についても一定の比率で降雨強度曲線を上方へシフトさせていることにも関係があると思われ、今後の気候変動の研究を取り入れることでより明確な議論ができると考える。

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図4 気候変動前と変動後の被害ポテンシャル曲線
   ([1]に加筆)
図5 気候変動前と変動後の年間リスク密度曲線
   ([1]に加筆)

気候変動と洪水リスク評価 (2)RPS method
地球温暖化による豪雨の増加に関する既存の研究をもとに降雨強度曲線を作成して洪水リスクの評価を行ったが、降雨強度曲線を作成せずに、より直接的に洪水リスクを計算する方法がある。この計算法を、RPS method (Return Period Shiftmethod)、リターン・ピリオド・シフト法と言う[4]

表1 神田川流域における洪水地下調節池の設置プラン(2)
Plan 不浸透域率 洪水地下調節池
R0 R1 R2 R3 R4
A0 0.7
A1 0.7
A2 0.7
A3 0.7
A4 0.7

このRPS methodの適用による洪水リスクの評価は、Morita[4]においてすでに発表しており、ここでその実際の適用例を示す。対象流域は図6に示した神田川水系善福寺川流域(流域面積18.3km2)である。表1に仮想的な治水事業の設定を示した。これは気候変動が治水事業の有効性にどう影響するかを調べるためのものである。図中R0は、すでに完成している環状七号線地下調節池(T期・U期工事)であり、現在の状態(Plan A0)から、R1、R2、R3、R4と調節池を順次増設していく計画(Plan A1, A2, A3, A4)である。この洪水リスクアセスメントでは、Model 1としてxpswmmを適用し、浸水氾濫計算では善福寺川からの外水氾濫のみならず、内水氾濫についても計算する。

さてRPS methodとはどのような方法か。図7は、図5のStudy B(東京大学生産技術研究所 沖・鼎研究室)の20世紀と21世紀の再現期間の関係を示したものである。図8で、例えば気候変動前の再現期間30年の計画降雨は、気候変動後の21世紀ではそれが再現期間15年の計画降雨に相当する。これは逆に、T=30年の計画降雨で計算した浸水氾濫結果は、気候変動後は、T=15年の計画降雨による浸水氾濫とみなすことができることを意味する。

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図6 善福寺川流域と洪水調節池の増設 図7 気候変動前と変動後の降雨の再現期間の対応

図8(a)は、現在(20世紀)のPlan A0からA4の被害ポテンシャル曲線と再現期間の確率密度曲線である。ここでRPSmethodを適用する。例えば、図9(a)において気候変動前の再現期間30年は気候変動後の15年に相当するから、計画A0について、被害ポテンシャルを図10(a)の点Bから図9(b)の点Cにシフトさせる。同様にして、計算した再現期間すべてについて再現期間のシフトを行うと、計画A0における気候変動後の被害ポテンシャル曲線が求まる。同様にして、残りのプランA1、A2、A3、A4についても再現期間のシフトを行う。こうしてすべての計画について、気候変動後の被害ポテンシャル曲線が作成できる。

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図8 RPS method による気候変動後の被害ポテンシャル曲線の作成([4]に加筆)

気候変動による洪水リスクの増加を評価するRPS methodは、図9のように、気候変動前と変動後の再現期間の対応関係が要であり、これによって気候変動の影響は定量化され、集約される。ただ、降雨継続時間によって再現期間の短縮度が違う場合、継続時間ごとの曲線を用意することが必要となる。その場合は、RPSmethodではなく、降雨強度曲線をダイレクトに作成する方法をとることになる。いずれにしろ、RPS methodは、気候変動による洪水リスクの増大を、計画降雨の再現期間の短縮によって定量化する方法である。

洪水リスク・インパクトファクターによるリスク評価
気候変動による洪水リスクの増加を評価するRPS methodは、図9のように、気候変動前と変動後の再現期間の対応関係が要であり、これによって気候変動の影響は定量化され、集約される。ただ、降雨継続時間によって再現期間の短縮度が違う場合、継続時間ごとの曲線を用意することが必要となる。その場合は、RPSmethodではなく、降雨強度曲線をダイレクトに作成する方法をとることになる。いずれにしろ、RPS methodは、気候変動による洪水リスクの増大を、計画降雨の再現期間の短縮によって定量化する方法である。 

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図9 気候変動前と変動後の年間リスク密度曲線([4]に加筆)

図10のカーブを見ると、洪水調節池の増設によって洪水リスクコストが低減していることがわかる。特にプランA1のリスク低減効果が大きい。しかし、その効果も気候変動によって帳消しにされてしまい、治水事業A1の低減効果よりも、気候変動によるリスク増大効果のほうが上回っている。このように治水事業と気候変動は、前者はリスク低減効果、後者がリスク増大効果をもつことから、同じ指標によって両者の効果を比較することができると便利である。ここで導入するのが、洪水リスク・インパクトファクター(FRIF:Flood Risk Impact Factor)である[4]。これは次式によって計算する。

FRIF = (RC - RC0) / RC0

ここにRC0は現在の洪水リスクコスト、RCはリスク変動要因が加わったときのリスクコストである。FRIPがプラスのときはリスク増大効果、マイナスのときはリスク低減効果、そしてFRIFの絶対値はその効果の大きさを示す。

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図10 治水事業と気候変動による洪水リスクコストの変化
    ([4]に加筆)
図11 洪水リスク変動要因と洪水リスク・インパクト・ファクター
    ([4]に加筆)

こうして図10にプロットした値から洪水リスク・インパクトファクターを計算し、リスクコストとともに図示したものが図11である。縦軸はFRIF、横軸はリスクコストである。図の青丸が気候変動前(20世紀)、赤丸が気候変動後(21世紀)である。FRIFの現在の値は定義からゼロである。治水事業によってFRIFはマイナスになり、リスク低減を確認できるが、気候変動の効果はそれを上回り、プラスのリスク増加を示している。また治水事業がない場合、気候変動によって洪水リスクは約2倍になることがわかる。このように、洪水リスク・インパクトファクターによってさまざまな洪水リスク変動要因を比較することができる。


参考文献
[ 1 ] Nguyen, V-T-V., Nguyen, T-D., Cung, A.: A statistical approach to downscaling of sub daily extreme rainfall processes for climate-related impacts studies in urban areas, Water Science and Technology: Water Supply, Vol.7, No.2, pp.183-192, 2007.
[ 2 ] Nguyen, V-T-V., Desramaut, N., and Nguyen, T.D.: Optimal rainfall temporal patterns for urban drainage design in the context of climate change, Water Science and Technology, Vol.62, No.5, pp.1170-1176, 2010.
[ 3 ] Morita. M.: Quantification of increased flood risk due to global climate change for urban river management planning, Water Science and Technology, Vol.63, No.12, pp.2967-2974, 2011.
[ 4 ] Morita. M.: Risk assessment method for flood control planning considering global climate change in urban river management, IAHS Publications, No.357, pp.107-116, 2013.
[ 5 ] 和田一範,川崎秀明,村瀬勝彦,冨澤洋介,尾瀬智昭,石原幸司,栗原和夫:地球温暖化に伴う降雨特性変化に関する共同研究,国土技術政策総合研究所資料,第320号,2004.
[ 6 ] 齊田渉(沖・鼎研究室):地球温暖化に伴う降水生起確率の変化,東京大学修士論文,2005.(沖大幹:集中豪雨と都市の水害,水循環,雨水貯留浸透技術協会,Vol.61,pp.5-9, 2006. に再録)

『都市の洪水リスク解析 〜減災からリスクマネジメントへ〜』

洪水リスクアセスメントの考え方について、その基本的な理論や手法から、マクロ・ミクロ解析によるリスク評価への応用、
将来的な展望までをわかりやすく解説。

■著者 守田 優 (芝浦工業大学 工学部 土木工学科 教授)   ■価格 \2,800(税別)
■発行 2014年11月25日   ■出版社 フォーラムエイト パブリッシング
目次
第1章  洪水リスクをめぐって(序論) 第5章  洪水リスクアセスメントとその応用(マクロ・ミクロ解析)
第2章 都市と洪水流出 第6章 洪水リスクの不確実性
第3章 洪水リスクアセスメントの基本フレーム   第7章 洪水リスクのアセスメントとマネジメント〜課題と将来
第4章 洪水リスクアセスメントの手法    

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