今年に入ってVRに関する話題が特に増え、巷では「VR元年」と言われるまでになっています。思い起こせば6年前の2010年は「3D元年」と呼ばれ、3D映画アバターをきっかけに3Dテレビが普及すると言われた年でした。その真っ只中にいた筆者が、その経験を踏まえて「VR元年」をシリーズで見渡していきます。 |
見渡せばVR元年(1)〜VRを取り巻く状況〜
■同じ問題を抱える3DとVR
先日VRコンテンツの開発者と話していて、驚くようなことがありました。それは、わずか6年前に3Dテレビや3Dディスプレイを普及させるために、あれだけ社会的にも議論された「3Dに関する安全性」についての理解がまったくなかったのです。彼の理解は「VRというのはOculusをきっかけに最近登場したもので、インタラクティブ性が重要で、3D映像とは関係ないと思っている」という認識でした。
3Dの観点からは、そもそもVR自体が1960年代に出てきたころから、3Dが前提と思っていたのでこれは驚きでした。
ただ、現状のVRでは彼のいうこともある意味正しいと言わざるを得ません。現時点での実写VRに関しては、天頂と真下を含んだ全天周の3D撮影が行えない(水平方向の360°撮影は可能)ので、現在見られるものは2眼であっても、すべて立体感のない2D映像であることは事実です。また、インタラクティブCGであっても両眼立体視の設定をせずに表示しているものであれば同様ということができます。
ただ、それではVRにとって臨場感を与えるための重要な機能である立体感を提供することを放棄することになってしまいます。今回の3Dコンテンツニュースでは、今後必要になるであろう、VRでの立体視に関する現状を整理するところから始めたいと思います。 |
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▲写真1 スマホVRを見る筆者 |
■業界の対応を見ると
もちろんVR関連企業は立体視の機能を活かした展開を想定しており、その安全性に関する認識は持っているようです。
その一つがHMDの使用に関する年齢制限です。Oculus(サムスンのGearVRを含む)は「13才未満では使用しないよう」、タカラトミーでは今年の冬に発売予定のJOYVRという製品の案内ですでに、「対象年齢は15歳以上」と明記、紙製HMDのハコスコでは、「二眼の一般的な推奨年齢は7歳以上」としており、またHMDではありませんが、ニンテンドー3DSでは「6歳以下のお子様は、長時間3D映像を見続けると目の成長に悪い影響を与える可能性がありますので2D表示でご覧ください。」としています。このようにばらつきがあるのは、立体視に関する国や業界の基準がないことがあげられ、企業が過去のガイドラインや医学的なエビデンスを基に独自のガイドラインを示しているからです。
これらの現在採用されている年齢制限は以下の2つの判断基準に基づいていると言えます。
1.両眼立体視機能は6歳ごろまで成長途中である。
2.10歳ごろまで頭蓋骨が成長するので瞳孔間距離が変化する。
また、6歳以上でも斜位や斜視、両眼視力に大きな差がある子供が、不適切な両眼視差の体験によりまれに斜視が強くなることがある。
これらの基準を参考に、企業により余裕を見てガイドラインを定めていると思われます。
※参考文献
1. 3Dコンソーシアム「最新『3DC安全ガイドライン』のダウンロードページ」
http://www.3dc.gr.jp/jp/scmt_wg_rep/guide_index.html
2. VRコンソーシアム「HMDガイドライン 大阪大学大学院 不二門 尚 氏」
https://www.youtube.com/watch?v=8wtgCiJ2nKk
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▲写真2 サムスンのVRイベント |
▲写真3 サムスンのVRイベントで
明示されている年齢制限 |
■VRコンテンツと利用者ガイドラインの必要性
では、HMDが指定する年齢制限を守ればVRは安全なのでしょうか? 実際にはコンテンツ制作に関するガイドラインや視聴方法に関するガイドラインも必要になるので、ハードウエアとしてのHMDガイドラインだけでは不十分ということになります。つまり、HMDで見るコンテンツとそれを視聴するときの姿勢(状況)なども合わせて考える必要があるからです。例えば、現在の理解では「20才の人はHMDを使用したVRを見ても安全である」ということになりますが、実際は両眼視差が不適切なコンテンツを見せられたら誰でも気分が悪く、時には頭痛やめまい、平衡感覚がおかしくなるなどの症状が出てきます(これは3D映画や3Dテレビも同じです)。
ハードのガイドラインに捕らわれると、コンテンツと視聴環境におけるガイドラインがおろそかになりかねません。とくにHMDの場合は頭の動きに映像がついてくるのでコンテンツと視聴環境が一体となったガイドラインが必要になります。
ここで臨場感とガイドラインの全体像を考えてみましょう(図1)。
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▲図1 臨場感とガイドラインの関係 |
このように臨場感が高いところにある表現技術は、臨場感が低い表現技術の要素を含んでいることが分かります。ですのでHMDを使用したVR表現であっても2D映像や3D映像の安全性に関する知見を踏襲する必要があるのです。
■2DVRコンテンツが当面普及の鍵を握る
HMDによるVRはハコスコやルクラスのように中には1眼用のものもありますが、通常は2眼の物が主流です。(写真4)ということは2眼のHMDの場合は立体視なの?と思うわけですが実は2Dによる、なんちゃって立体視のケースが現時点では大半といえます。特に実写での3D全天周撮影はその天地極においてはローテ―トするので立体での撮影は不可能と言われています。
天地付きの実写で360°全天周がみられるものは2D映像であると言ってよいでしょう。例えばYoutubeの360°機能がそれです。2D撮影した360°映像をアップロードしてスマホでYoutubeアプリを介して見ると、写真5のように左右にスプリットされた2眼の映像をみることができます。これをビューアにセットすれば立体的?に見えるという寸法です。これは左右に同じ映像を表示してそれを窓枠から見ている、なんちゃって3Dにすぎません。両眼の視差がないので実際の立体映像とは異なります。
これら、なんちゃって3D映像は実際の3D映像と比べると立体情報が欠落しているので平面として見えるのですが、左右に分かれた2眼ビューアでみると立体映像と錯覚するかたが大半です。(たぶん同じコンテンツで立体視対応のコンテンツを見るとその違いに驚くに違いありませんが)この方法であれば、少なくとも立体視に関する知識がなくとも、なんちゃって3Dコンテンツを提供することができ、立体視に関する制約を取りはらう効果が期待できます。ただし映像酔いなどの2D映像自体のガイドラインは守らなければなりません。これはHMD以外のVRとして今後期待されるシアター型のVRでも同様です。さらに2Dのシアター型であれば3Dで言われる年齢制限もなくなります。実写コンテンツ制作者の方はこのことを理解した上で積極的になんちゃって3Dを利用してビジネスを広げることができます。ただし、立体視対応のゲームやリアルタイムCGベースのコンテンツの場合で本物の3D立体視経験を提供するには、正しい立体視の知識が必要となります。
▲写真4 ハコスコの1眼タイプと2眼タイプ |
▲写真5 Youtubeのなんちゃて3D表示の例
(木の見切りが違う) |
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