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未来を可視化する
長谷川章のアート眼
vol.3
社会の未来を語るキーワード「シンギュラリティ」をテーマに、
長谷川章のアート眼が捉えるものを連載していきます。
人類が生命を超え、加速する未来を可視化する鍵を探ります。
なにもないとはどういうことか?

はじめに

未来学者レイ・カーツワイルは、2045年にはコンピューターが人間の知能を越えるシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えると予言しています。
その説を受けて、人間の仕事がマシンに奪われると懸念する人もいますし、そうではなく、その時からようやく人類は奴隷のように働かなくても
生きていけるのだと期待している人もいます。
いずれにせよ、人々はシンギュラリティのような事態が起こるかもしれないと考えていますが、ここで一度立ち止まり、こう問うてみるのはどうでしょう。
そもそもマシンは、人を越えていったいどうしようというのか?マシンは死の概念を学べるでしょうか?生命を知るでしょうか?

人の営みは、生と死によって方向づけられています。生き物に目的はありません。種を残すというのは目的ではなく結果です。
生き物は種を残そうと考えて行動しているわけではなく、いま目の前の死を避け、ただ生存しようとしているだけです。
つまり、生物は、死を避け、存在し続けるという一つの運動と捉えることができるでしょう。
日々の小さな営みから、恋をし、子孫を残し、やがて死ぬまで、私たちの行動はすべて、生と死によって動機づけられています。

ここで考えてみましょう。
マシンは死を恐れるでしょうか?マシンが恋に落ちることや、子孫を残すことに意味を見出すでしょうか?それはかなり難しそうです。
死を恐れなければ、生にしがみつくことはありません。
生命は、可能な限り死を避け、生きながらえるために、さまざまなものを使い、考案し、発明し、文字通り死にものぐるいで生きてきました。

シンに死がないとすれば、生もありません。その状態で、どれだけの速度で、何を生み出そうと、それは人とは関係のないものでしょう。
我々とは無関係なところで、くるくると回っているだけの電子のループにしか過ぎません。
人の道具であるマシンが、人を越えていくら進もうと、我々にとっては無意味なのです。

未来に求められるのは、マシンのシンギュラリティではありません。マシンではなく、我々人類のアップデートのようなものであるはずです。


時間とは何か

いち早くCM制作にデジタル技術を適用し、いままでに数千本のCMを作ってきました。

風景を先に撮影してサーバーに蓄えておき、その上にフッテージ(素材)として商品やタレントをはめ込んでいく
これまで数十人のスタッフで何ヶ月もかかったCM制作を、数時間で仕上げるシステムを構築したのです。
CMの中では、過去の背景と、先日撮影したタレントが重ねられ、いま商品を紹介しています。

ここには大昔もつい先日もたったいまも、すべてが等価に存在しているのです。

このような経験を経て、CM制作とは時間のデザインなのだと気づいていきました。過去も未来も今もすべてはデザインできる。
つまり、時間は編集できるのです。では時間とはなんなのか。興味はそこに向かいました。

現在、セシウム原子からのマイクロ波によって1秒が決められていますが、こんなものは後づけの定義でしかありません。
もともとは天体の動きから時間を決めていたわけですが、誤差が生じるため、適当な定義をあとで決めたのです。

問題は、なぜ誤差が生じるのはいけないのか、ということです。もっと単純に、なぜ時計が必要なのか考えてみましょう。
世界に自分ひとりしかいないとすれば、時計は必要でしょうか?必要ありません。
それどころか時間の概念さえ必要ないでしょう。朝起きて、夜寝ればいいだけだからです。

そう考えていけば、時計がなぜ存在するのかわかります。時計が必要になるのは、二人以上がタイミングを合わせるときだけです。
ある人とある人がある場所で会うためには、時間を指定しなければならないからです。

つまり多くの人が共同生活や共同作業をしなければならなくなったとき、時計は生まれたのです。さて、動物に時間の概念はあるでしょうか?
素朴なタイミング合わせはできるでしょうが(たとえば狩りをするときなど)、時間の概念はおそらくないでしょう。
朝と夜、季節といった大きな繰り返しに対応できるだけで十分だからです。

このように考えていくと、いま我々を支配している時間とは、我々を管理するために作り出された単なるルールだということがわかってきます。
時間は人によって作られ、我々が後天的に学習した概念です。
自然界において、12時になったからといってお昼ご飯を食べる動物はいません。彼らはお腹が空いたら食べるのです。

つまり時間とは作り物であり、そもそもないのです。

 夢について

CM制作が時間のデザインだと気づき、時間について考えを巡らせてきましたが、「時間はない」という結論に至りました。
では、CMのもうひとつの要素である映像はどうだろうと、さらに考えを進めていきました。
その際に念頭にあったのは夢のことです。
夢とは不思議なもので、自分では体験したことのない出来事でも、まったく知らない景色でも、見ず知らずの人物でも、
完璧な映像として作り出すことができます。
しかもそれは立体であり、建物の陰に回り込んだり、人物の背中を見ることもできるのです。

すなわちそれは映像というより、一つの世界を作り出しているということなのです。
なぜ、そのような途方もないことができるのでしょうか?
このことを考えるヒントに、視覚の研究があります。

一般的に視覚とは、外界からの光学的な情報を、脳の視覚野で認識していると思われがちですが、
実はそのように単純にはできていないことがわかっています。

視覚野のシナプス活動のうち、視床(視覚や聴覚情報を大脳新皮質へ中継する部位)から入ってくる視覚情報は15%に過ぎず、
しかも、眼からの情報を中継する部分は視床の全シナプスの20%しかありません。

ですから我々の見ている画像は、外界からの光学的情報3%(15%×20%)と、残り97%の別の情報で成り立っているのです。
別の情報とは、脳が視覚とは別系統で処理した情報です。

簡単に言えば、我々は外の世界を3%しか見ていず、
残りを脳で作り出しています。
つまり極端に言うと、世界は我々が作っているのです。

視覚のほぼすべてを我々が作り出しているとするならば、
夢で世界を作り出せるのも当然でしょう。

さて、この認識により、世界はひっくり返ってしまいました。
我々は、世界があって私がそれを見ている、と考えています。
これはつまりカメラ型の認識ですが、この認識は上述のとおり、
97%間違っています。

真実はこうです。
私が世界を投影している。
つまりこの世界はプロジェクター型なのです。

このように言うこともできるでしょう。
「私が先で、世界が後」です。


我々は最初からすべてを知っているか?

この認識を進めると、このように考えることができるかもしれません。
我々が夢で未知の景色や人物や出来事を作り出せるのは、
そもそも我々が初めからすべてを知っているからではないか?

なぜ知らない景色を見ることができるのか?
これを追いかけていくと、「似た景色を見たのかもしれない」、
「いままで見た景色の組み合わせかもしれない」と、
過去の経験にその原因を求めるはずです。

しかしその試みはうまくいかないでしょう。
なぜならその過去さえ、私が作り出したものだからです。

我々と世界は、生まれたときからの共犯者のようなものであり、
切り離すことはできません。
人がこのような生き物だから、世界はこのように見えているのです。
ですから、単純に考えて、人の限界が、世界の限界になります。
さらに食い下がって原因を探っていくとすれば、最終的には脳の
器質的な部分にたどり着くはずです。
脳は最初から世界に対応する機能を備えています。
我々は人である前に動物だからです。

線の傾きに反応するニューロンがあることはわかっていますし、
蛇に反応する細胞があることもわかっていますし、脳に文法を
理解する中枢が存在することもわかっています。

これからもそういった機能は見つかるでしょうが、そのような
最小限の機能と、貧弱な感覚器だけではおそらく生き延びることが
できなかったのでしょう。
我々は三つの点を見れば、顔だと判断します(シミュラクラ現象)。
点は点であり、顔ではありませんが、我々はそこに顔を見ます。
なぜなら顔を見ることが、我々が生き延びるのに重要だからです。
我々はこのように、生まれたときから、予想し、推測し、生き延びる
ために、あり得るであろう世界を作り出しているのです。

そういう意味では、どこまでさかのぼっても、我々が世界を作り出しているというところからは逃れられません。
ですから、我々は、あり得る世界なら、最初からすべてを知っていると言ってもいいのではないでしょうか。
そもそも世界は、最初から、ほぼ我々の創作なのですから。


  長谷川 章(はせがわ あきら)氏
デジタルアートクリエイター

1947年石川県小松生まれ。日本民間放送連盟TVCM部門最優秀賞を始め、ACC賞など数々の賞を受賞。NHK大河ドラマ「琉球の風」を始めNHKニュース、中国中央電視台(CCVT)ロゴ、企業TVCMなど、数千本を制作。
 Akira Hasegawa



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(Up&Coming '19 盛夏号掲載)

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