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第 7 回  洪水リスクアセスメントのための入門講座 
都市の洪水リスク解析入門
 
書籍『都市の洪水リスク解析』(著:芝浦工業大学教授 守田優氏/フォーラムエイトパブリッシング刊)による入門講座です。洪水リスクアセスメントの考え方について、基本的な理論や手法からリスク評価への応用、将来的な展望までをわかりやすく解説していきます。今回は、洪水リスク解析の手法として、引き続き浸水被害算定モデルについて説明します。
洪水リスク解析の手法 その2

  浸水被害算定モデル(Model2)

浸水氾濫解析モデルは、合理式から始まる流出解析の長い歴史をもち、さらにこの30年ほどの間に、さまざまなモデルが開発され、水理解析からパッケージソフト化まで急速な進展を遂げてきた。しかし、浸水から被害額を計算するモデルは、概念としては半世紀ほどさかのぼるにしても、洪水リスクアセスメントの手法として集中的に議論されるようになったのはこの10年ほどである。ここで、マクロ解析を対象に浸水被害算定モデル(Model 2)について述べる。

浸水被害をいかに定量化するか

浸水被害を算定する基本的な方法は、過去の連載で示した<浸水深−被害率曲線>、あるいは<浸水ロス関数>を適用するものである。すなわち浸水深と被害額、あるいは浸水深と被害率の関係を用いて、浸水深から浸水被害を算定する方法である。

この浸水深と被害額を関係づける浸水ロス関数は、およそ70年前のGilbertWhiteの研究までさかのぼる。G.Whiteは、米国の"氾濫原管理の父"と呼ばれ、学位論文"Human Adjustment to Floods"[1]はシカゴ大学から1945年に出版された。そして1964年出版の"Choice of Adjustment to Floods"[2]には、現在知られているほぼすべての洪水対策が体系的に提示され、そこに浸水深と被害額の関係を示した。

浸水ロス関数が、地域別、建物別に記載されている。さらに浸水時間や氾濫流の流速を考慮したロス関数も同時に示されている。

このように50年ほど前に提案された浸水ロス関数であるが、実際の洪水被害のデータを収集して浸水ロス関数を作成するには困難がともなう。そこでWhiteは、実績浸水被害データに依存せず、浸水被害の分析をもとに浸水ロス関数を作成する合成的な(synthetic)な方法を提案した。この方法では、さまざまな土地利用、建物の種類を分類し、資産評価のデータなどをもとに標準的な浸水ロス関数を作成する。

図1にWhite[2]の浸水ロス関数の例を示す。この方法が最初に適用されたのは、1968年、米国連邦保険庁による国家洪水保険法による建物被害に関する評価においてであったと言われている。

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図1 浸水ロス関数の例(G.White, [2]に加筆)

Smith[3]は、Whiteから始まる浸水ロス関数の歴史を振り返り、1990年代半ば時点での浸水被害算定モデルの現状をコンパクトにまとめている。この論文"Flood damage estimation - A review of urban stage-damage curves and loss functions"は、浸水被害算定モデルに関する重要な論文であり、洪水リスクアセスメントにかかわる研究者、技術者にとって一読する価値のある論文である。


『治水経済調査マニュアル(案)』の浸水被害算定手法

都市域の浸水氾濫解析モデルは、流出解析モデルまでさかのぼる歴史をもち、その解析方法もさまざまである。しかし、こと浸水被害算定モデルに関しては、すでに述べた<浸水深−被害率曲線>を用いる方法が、“共通言語”として国際的に受け入れられている。そしてわが国においては、『治水経済調査マニュアル(案)』(平成17年)が標 準的な方法として水害被害額の算定に適用されており、その算定方法も基本的に浸水深と被害率の関係を基礎としている。

建設省(現国土交通省)は、本格的な水害被害率調査を1993年から96年にかけて全国的に実施し、その結果は、『治水経済調査マニュアル(案)』(平成12年版)、(平成17年版)に生かされている。そこでは浸水ロス関数として、浸水深と被害率の関係が、家屋被害、家庭用品、在庫資産、償却資産など被災対象別に表としてまとめられている。

浸水による被害を算定する場合、被害項目を分類し、被害項目ごとに被害率を浸水深の関数として表現する。そして被害項目別に、評価額に被害率を乗じて被害額を算定する。評価額については標準的な見積額が設定されている。表1は同マニュアルに示された被害項目の分類を示したものである。

洪水による被害は大きく直接被害と間接被害に分かれる。直接被害は浸水によって直接もたらされる物理的な被害であり、主に建物とその内部資産である。公共土木施設の被害、そして人命損傷も直接被害に含まれる。間接被害は、直接被害によって波及的にもたらされる被害であり、営業停止や交通途絶、ライフラインの切断などが対象となる。資産や人身の被害にともなう精神的打撃も間接被害として無視できない。表1の網掛けは、被害率や被害単価が明示されている項目である。

分類 効果(被害)の内容




便



資産被害
抑止効果
一般資産被害 家屋 居住用・事業用建物の被害
家庭用品 家具・自動車等の浸水被害
事業所償却資産 事業所固定資産のうち、土地・建物を除いた償却資産の浸水被害
事業所在庫資産 事業所在庫品の浸水被害
農漁家償却資産 農漁業生産に係わる農漁家の固定資産のうち、
土地・建物を除いた償却資産の浸水被害
農漁家在庫資産 農漁家の在庫品の浸水被害
農産物被害 浸水による農作物の被害
公共土木施設等被害 公共土木施設、公益事業施設、農地、農業用施設の浸水被害
人身被害抑止効果 人命損傷



稼動被害
抑止効果
営業停止被害 家計 浸水した世帯の平時の家事労働、余暇活動等が阻害される被害
事業所 浸水した事業所の生産の停止・停滞(生産高の減少)
公共・公益サービス 公共・公益サービスの停止・停滞
事後的被害
抑止効果
応急対策費用 家計 浸水世帯の清掃等の事後活動、飲料水の代替品購入に伴う新たな出費等の被害
事業所 家計と同様の被害
国・地方公共団体 家計と同様の被害および市町村等が交付する緊急的な融資の利子や見舞金等
交通途絶による
波及被害
道路、鉄道、
空港、航空等
道路や鉄道等の交通の途絶に伴う
周辺地域を含めた波及被害
ライフライン切断
による波及被害
電力、水道、
ガス、通信等
電力、ガス、水道等の供給停止に
伴う周辺地域を含めた波及被害
営業停止波及被害 中間産品の不足による周辺事業所の生産量の減少や病院等の
公共・公益サービスの停止等による周辺地域を含めた波及被害
精神的被害
抑止効果
資産被害に伴うもの 資産の被害による精神的打撃
稼動被害に伴うもの 稼動被害に伴う精神的打撃
人身被害に伴うもの 人身被害に伴う精神的打撃
事後的被害に伴うもの 清掃労働等による精神的打撃
波及被害に伴うもの 波及被害に伴う精神的打撃
リスクプレミアム 被災可能性に対する不安
※地下街が浸水することによる被害等、その他の被害抑止効果も存在する。
(表中のは、同マニュアル(案)で被害率や被害単価を明示した項目)
表1 水害における被害項目(『治水経済調査マニュアル(案)』より)

以下に、『治水経済調査マニュアル(案)』の被害額の計算方法の概要を示す。式において下線で示した単価は毎年12月に改正され、「マニュアル」の別冊として発行される。また網掛けの数値は、浸水深によって変化するものであり、「マニュアル」にガイドラインが与えられている。

(直接被害)
家屋被害額=(家屋1m2当りの評価額)×床面積×被害率
家庭用品被害額=(1世帯あたりの家庭用品評価額)×世帯数×被害率
事業所償却資産被害額=(産業分類別従業者1人当りの償却資産評価額)×(従業者数)×被害率
事業所在庫資産被害額=(産業分類別従業者1人当りの在庫資産評価額)×(従業者数)×被害率
公共土木施設等被害額=一般資産被害額×(公益事業施設被害額の一般資産被害額に対する比率)

(間接被害)
営業停止被害=従業者数×(営業停止日数+営業停滞日数/2)×(従業員1人あたりの付加価値額)
家庭における清掃費用=清掃労働対価評価額×世帯数×清掃延日数
家庭の代替活動等に伴う支出=(代替活動等支出負担単価)×世帯数


浸水被害算定モデルの方法

浸水被害算定モデル(Model 2)は、『治水経済調査マニュアル(案)』の方法を基本とするが、筆者らは、東京都都市整備局のGISデータベースを用いるため、被害項目の分類がやや異なる。表2にGISコード区分にしたがった被害想定対象物件の分類を示した。ここでは建物用途として、住居系・工業系・商業系・事務系/サービス系・公共系に区分されており、また、建物も木造・非木造に分けられている。これから浸水深−被害率曲線として11種類のロジスティック曲線を作成した。すなわち、(1)家庭用品、(2)木造一般家屋、(3)非木造一般家屋、(4)木造事務所、(5)非木造事務所、(6)工業系償却資産、(7)工業系在庫資産、(8)商業系償却資産、(9)商業系在庫資産、(10)事務・サービス系償却資産、(11)事務・サービス系在庫資産、である。

建物用途 土地利用種別 直接被害 間接被害
建物 動産類
住居系  専用独立住宅 一般家屋被害 家庭用品被害 ---
集合住宅
工業系 専用工場・作業所 事業所別
建物被害
事業所別償却
在庫資産被害
事業所営業
停止損失
住居併用工場・作業所
倉庫・運輸関係施設
商業系 専用商業建築物
住商併用建物
事務系サービス系 事務所建築物
宿泊・遊戯施設
スポーツ・興行施設
公共系 官公庁施設
教育文化施設
供給処理施設
厚生医療施設
表2 GISコード区分による被害想定対象物件(案)』より

図2に示した曲線は、建設省土木研究所から1995年に実施した浸水被害調査のデータ[4]を提供していただき、そのうち家庭用品についてロジスティック曲線を当てはめて近似した例である。

図からわかるようにサンプルのばらつきは大きいが一つの曲線によって、家庭用品というカテゴリーの浸水深と被害率の関係を表すことができる。ロジスティック曲線の場合、浸水深ゼロでも被害率がゼロになることはないが、床下浸水から床上浸水にかけて被害率が高くなり、上限値に近づくと穏やかな増加になるという浸水と被害について想定される変化をS字カーブによってうまく表現できる。ただ、実際の計算においては、床上浸水と床下浸水では被害率が異なることを考慮し、床下浸水の場合の被害率は実績資料の平均から別途設定することとした。

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図2 家庭用品の浸水深−被害率曲線

浸水被害算定に東京都都市整備局のGISデータベースを用いたことから、上述のとおり、被害項目の分類がやや異なることとなったが、被害率を乗じる物件の評価額についても独自に設定することとした。例えば、家屋の評価額の算定においては、東京都主税局による東京都特別区の固定資産税概要調書をもとに業種別・構造別に単位評価額のデータを得た。このように東京都都市整備局のGISデータベースに『治水経済調査マニュアル(案)』に示された方法を適用して浸水被害算定モデル(Model 2)を構築した。


GIS(地理情報システム)を援用した浸水被害算定

浸水氾濫解析モデル(Model 1)によってメッシュごとに最大浸水深を計算し、その浸水深から浸水被害算定モデル(Model 2)によって被害額を算定する。この計算においては、すでに述べたように、被害対象物件を11種類に分け、それぞれに浸水深―被害率曲線を用いて被害額を算出する。この計算においては、流域内のすべての物件について、建物の構造、延床面積、家庭用品評価額などがわかっていなければならない。そこでこの計算を効率的に行うため、地理情報システム(GIS:Geographic Information System)を援用する。

地図情報は図形情報と属性情報からなる。図形情報とは、建物や道路などの基本的な地物の位置や形状を表す幾何学的データであり、属性情報とは、位置座標、住所や建物の延床面積などの情報を総称したものである。GISは、地図の図形情報と属性情報を統一的に管理し、さまざまな形で表示し解析する情報システムである。

都市流域の被害想定においてGISは欠くことができない。流域内には膨大な数の物件がある。例えば建物の棟数では、神田川流域に関わる杉並区・中野区でも15万棟である。そのひとつひとつに評価額と浸水深−被害率曲線を適用し、浸水深から被害額を計算する作業を手作業でやることは不可能である。そこでメッシュごとに最大浸水深を計算し、そのメッシュ内の物件の評価額に最大浸水深を重ね合わせて被害額を計算していけば、効率的に流域全体の被害額を算出することができる。

東京都都市整備局では、都内の建物現況・土地利用データがGISデータベースとして整備されている。この建物現況データには約170万件の物件データ、約80万件の土地利用データが入っている。各物件データには建物の種類、構造、延床面積、地下利用、など様々なデータが属性データとして含まれている。この各項目別に含まれるコード番号を属性検索で選択し、対象流域の浸水被害計算に必要なデータの抽出や表示を行うことができる。浸水氾濫モデルによって50mメッシュで最大浸水深を計算し、同じ50mメッシュ内の物件を重ね合わせることで浸水被害の計算が可能になる。図3は、対象物件に最大浸水深を重ね合わせた図である。こうして浸水被害算定モデル(Model 2)をGIS(ArcGIS)データベースをもとに、約10,000行×150列(善福寺川流域の例)のエクセルの表計算シートとして構築した。

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図3 計算した浸水深とGIS物件データを重ね合わせた図

表3に示したエクセルシートはその一部である。表計算シートの行数は、対象流域内のメッシュ数にほぼ対応している。列は、浸水深から被害率を計算し、評価額に被害率を掛けて被害額を算出する計算プロセスに対応する。Model 1で計算した浸水深をModel 2である表3のエクセルシートの浸水深の列にエクスポートすることで浸水被害額を自動的に計算し、計算した被害額は、GISのレイヤとして視覚的に見ることができる。

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表3 浸水被害算定モデル(Model 2)のエクセルシートの一部

具体的には、浸水レイヤは、浸水氾濫解析によって計算された浸水深のデータをArcGISの属性データに貼り付けて作成する。直接被害額レイヤ、営業停止被害額レイヤ、評価額に対する被害額の割合レイヤ、被害個数レイヤは、同じく浸水深を浸水被害算定モデルに入力することで、自動的に直接被害額、営業停止被害額、評価額に対する被害額の割合、被害個数などを算定し、それをArcGISの属性情報に貼り付けて作成する。


ポテンシャル被害とアクチュアル被害

浸水被害の算定において浸水深−被害率曲線は重要な曲線であるが、これらの曲線は、被災者の被害軽減行動などを行わない場合の被害特性を表現したものである。『治水経済調査マニュアル(案)』に示された浸水深と被害率の関係も基本的にこの考え方にたっている。このように被害軽減のアクションが全くない条件での被害をポテンシャル被害(potential damage)とし、それに対して、現実の洪水時に被害を減らすための行動をとったときの被害をアクチュアル被害(actual damage)として区別する。そして両者の差を、"avoidable damage"と呼んでいる。わが国においてこれらの英語の訳語が見当たらないのは、浸水被害特性として主にポテンシャル被害だけを対象としてきたためと思われる。

海外の浸水被害評価の研究においては、この2つの概念は明確に区別されて議論されている[3]。すでに紹介したWhite[2]も、被害率について、damageとdamage avoidableを区別しており、被害軽減行動(Emergency)として、Removal(被災対象物の移動)、Flood Fighting(土嚢を積むなどの対応)、Re-scheduling(活動計画の時間変更)などを挙げている。

図4はすでに紹介したSmith[3]の論文から引用したものである。住宅地の家庭用品の被害について、アクチュアル/ポテンシャルの比率と洪水警報の発令時間(warning time)との関係を示している。住民みずからの洪水に対するアクションが成果を上げるか否かは、洪水警報がどのくらい前から出されるか、またどのくらいの割合の住民がその洪水警報に反応するかにかかっている。わが国において洪水警報は避難のための警報と考えられることが多い。もちろん避難は重要である。

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図4 ポテンシャル被害とアクチュアル被害([3]に加筆)

しかし都市域の浸水では被害軽減行動のための洪水警報ととらえることも留意すべきである。この図では、住民の洪水経験の差によって被害軽減への準備が異なっていること、また洪水警報の発令時間が早いほど被害軽減行動が進むことを示している。このように洪水経験の有無と効果的な洪水警報の有無は、アクチュアル被害の低減に大きく影響する。Smith[6]は、このスキームをもとにオーストラリアのニューサウスウェールズ州リズモア市においてアクチュアル被害とポテンシャル被害のケーススタディーを実施している。

わが国における本格的な水害被害率の調査は、すでに述べたように、建設省によって1992年から96年にかけて実施された。栗城ら[5]の報告によると、そのなかで埼玉県、東京都の家庭用品の被害率が相対的に低いという結果が見られ、その理由として、過去における水害の教訓から、車や家具の移動が比較的迅速に行われてからだとしている。表4は、同調査による家庭用品の移動状況を示したものである。

浸水家屋(1) 移動件数(2) 移動率(%)
(2)÷(1)×100
埼玉県 22 13 59.1
東京都 12 7 58.3
山口県 27 8 29.6
鹿児島県 61 13 21.3
合計 122 41 33.6
※被災地区でのヒアリング調査による
表4 豪雨時の家庭用品の移動状況[5]
画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
図5 豪雨時の資産移動(被害軽減行動)と被害率([5]に加筆)

ヒアリング調査のためサンプル数は少ないが、被害軽減行動が埼玉県・東京都では60%近い割合である。資産移動がなかった96年度の資産調査結果より推定した被害率とこの調査における資産移動有りの被害率を図示したものが図5である。資産移動による被害軽減行動を反映した浸水深−被害率の関係は、筆者が調べた範囲では、この報告が最初である。

わが国において住民の被害軽減行動に関する研究はきわめて少ない。その中で、片田ら[7]は、東海豪雨時の被害軽減行動に関する実態調査を行っている。町のほぼ全域が床上浸水を被るなど甚大な被害を受けた西枇杷島町を対象に、家財被害の実態とその被害軽減策の効果を明らかにした。家財被害を家財ゴミ発生量から検討するという独創的な方法もさることながら、実態調査の目的の明確さと内容の綿密さにおいて優れた研究である。調査の結果、まずピロティー形式、あるいは土台を高くして家屋の位置を高くすることにより、家財の被害を軽減できたことを確認した。被害軽減行動については、半数以上の世帯が家財保全行動をまったく行わなかったものの、家財保全行動量の多い世帯ほど家財のゴミ発生量が少なく、その傾向は床上50cm以上の高いところまで浸水した世帯において顕著であったとしている。同論文では、家財保全行動の対象、浸水の進行と保全行動の関係や行動のタイミング、さらに家財保全行動と避難行動の選択傾向にまで調査が及んでいる。今後、このような研究が積み重ねられれば、洪水リスクのミクロマネジメントの輪郭がより明確になると考える。

洪水リスクマネジメントにおいて、第1回で述べたように、豪雨時の民家や事業所の被害軽減行動がミクロマネジメントとして重要である。そして洪水リスク評価で用いる浸水ロス関数や浸水深−被害率曲線についても、このような被害軽減行動を組み入れた曲線が、洪水リスク定量化において今後適用されるべきである。


参考文献
[ 1 ] White, G.F.: Human Adjustment to Floods, Department of Geography Research paper no.29.University of Chicago, 1945.
[ 2 ] White, G.F.: Choice of Adjustment to Floods, Department of Geography Research paper no.93.University of Chicago, 1964.
[ 3 ] Smith, D.I.: Flood damage estimation - A review of urban stage-damage curves and loss,functions, Water SA, Vol.20, No.3, pp.231-238, 1994.
[ 4 ] 栗城稔, 今村能之, 小林裕明:水害被害の実態調査に基づく一般資産の被害率の推定,土木研究所資料,第3330号, 1995.
[ 5 ] 栗城稔, 今村能之, 小林裕明:水害被害の実態調査に基づく一般資産の被害率の推定,土木技術資料 37−1,pp.40-45,1995.
[ 6 ] Smith, D.I.: Actual and potential flood damage: a case study for urban Lismore, NSW,Australia, Applied Geography, Vol.1, pp.31-39, 1981.
[ 7 ]  片田敏孝,児玉真:2000年東海豪雨災害における家財被害の実態と被害軽減行動に関する研究,水工学論文集,第46巻,pp.313-316,2002.

『都市の洪水リスク解析 〜減災からリスクマネジメントへ〜』

洪水リスクアセスメントの考え方について、その基本的な理論や手法から、マクロ・ミクロ解析によるリスク評価への応用、
将来的な展望までをわかりやすく解説。

■著者 守田 優 (芝浦工業大学 工学部 土木工学科 教授)   ■価格 \2,800(税別)
■発行 2014年11月25日   ■出版社 フォーラムエイト パブリッシング
目次
第1章  洪水リスクをめぐって(序論) 第5章  洪水リスクアセスメントとその応用(マクロ・ミクロ解析)
第2章 都市と洪水流出 第6章 洪水リスクの不確実性
第3章 洪水リスクアセスメントの基本フレーム   第7章 洪水リスクのアセスメントとマネジメント〜課題と将来
第4章 洪水リスクアセスメントの手法    

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