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第6回
「CIM進展への確信
― 注目されるメリットとクリアすべき課題」
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大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻 矢吹信喜教授
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はじめに |
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「私は土木分野に3次元(3D)のCADを使うということを30年以上やっています。そういった意味では、ようやくここまで来たかなと感慨深いものがあります」
自身が民間企業(電源開発株式会社)に在籍していた1980年代、土木部門で当時最先端の3D CADシステムを導入。その業務プロセスへの適用・開発に自ら携わったのを契機に、大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻の矢吹信喜教授は後年、学究的な世界へ踏み出すのと併せ、今日のCIM(Construction Information Modeling(/ Management))に通じる研究に着手した経緯があるといいます。世界の建築分野で普及してきたBIM(Building Information Modeling)の手法を社会資本整備のプロセスに応用しようというCIM。2012年のJACIC(日本建設情報総合センター)セミナーにおいて元国土交通省事務次官(当時、技監)の佐藤直良氏が「CIMのススメ」と題して講演し、その考え方は大きく注目されることとなりました。
これに関連し矢吹教授は、公共事業の運用面に影響力ある立場の人が長く懸案だった土木分野における3Dデータ活用の方針を示し、その具体化を主導してきた意義に言及。その上で、CIMはまだ発展途上のものであり、現時点では多様な関係者によりそこに様々な可能性のイメージが描かれて良い、との見方を示します。
本連載ではCIMの利活用、関連技術の開発や研究などに先駆的に取り組まれている各界のキーパーソンに順次取材。多彩なアングルからCIMの可能性や課題、進むべき展開方向などを紹介します。その第6弾では、早くから土木分野における3D CADの活用やプロダクトモデルに関する研究に注力してくるとともに、CIMに関連した技術や制度について検討する産学官の各種活動でも中心的な役割を担う大阪大学大学院工学研究科・矢吹教授にお話を伺いました。 |
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CIMに通じる多様なICT応用を研究、産学官連携の活動もリード
土木・建築分野における広範な情報通信技術(ICT)の応用を自らの基盤的な研究アプローチと位置づける矢吹教授は、ICTを5つのシーズ(可能性が期待される技術)に大別。それらの既存技術への応用という観点から、1)バーチャルリアリティ(VR)やオーグメンテッドリアリティ(AR:拡張現実)をいかに土木・建築あるいは環境の分野に応用するか、2)大規模な点群データをどのように取得し、それを何に役立てるか、3)広範な情報をカバーするプロダクトモデルを構築し、それをプロジェクトのライフサイクル全体でどのように活かすことが出来るか、4)センシングやモニタリングなどの各種電子デバイスを大量に配置することで、施工の効率化や安全性の確保など現場に関わる新しい知識の発見にどう繋げるか、5)情報化施工に先進のICTを組み合わせることで、いかに施工を効率化させるか ― といった研究に現在力を入れていると語ります。
一方、同教授は2012年度から2014年度まで、土木学会「土木情報学委員会」の委員長を務めました。2011年にその前身である「情報利用技術委員会」の委員長に就任。その際、情報の利用面に特化した語感が拭えないとの考えから、土木工学において各種情報を効率的かつ有効に取り扱うための理論や技術を探求する「土木情報学」という新たな概念を考案し、それを冠した委員会名に改称。以来、学問としての体系化や論文集の高度化、国際会議の定期開催、教育カリキュラムの作成、教科書の執筆に力を入れてきています。
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▲大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻の
矢吹信喜教授 |
そうした一環として、同委員会はJACICとともにアジア土木情報学グループ(AGCEI、会長:矢吹教授)主催で、アジア建設IT円卓会議から発展的に継承された土木建築情報学国際会議(ICCBEI)を2013年にスタート。これは、元々偶数年に開催されてきた土木建築コンピュータ利用国際会議(ICCCBE)のアジア地域版との位置づけで、両者の交互実施が意図されています。ちなみに次回は、ICCCBE2016(委員長:矢吹教授)が2016年7月6〜8日に開催される予定です。
また、建築業界でのデータの共有および相互運用に向け標準化を目指すIAI(2005年から「buildingSMART」に改称)の日本支部(IAI日本)において土木分科会設置(2004年)以来、同氏はそのリーダーを務めます。IAIの活動開始(1994年)とともに、IFC(建物を構成するオブジェクトのシステム的表現方法の仕様)の作成が取り組まれてきた中で、2013年にIFC4が国際標準(ISO 16739)として登録されました。これを受け、土木分野のプロダクトモデル構築とその国際標準化を図るべくbuildingSMART International内にInfrastructure Room(インフラ分科会)が設置され、同氏はその運営をリードしています。
矢吹教授はそのほか、産学官が連携する様々な活動に参加。CIM関連では、国交省がCIMの導入促進を目的にそれに関係する制度や基準などの課題を整理・検討するために設置した「CIM制度検討会」の委員、2014・2015年度に同省を中心として産学官協働でCIM構築について検討する委員としてなど、今後のCIMを方向付ける重要な役割を担っています。
VRをはじめとするフォーラムエイトのBIM/CIM対応ソリューションに期待
矢吹教授(当時、室蘭工業大学助教授)は2002年、プレストレスト・コンクリート建設業協会と共同開発したPC中空床版橋のプロダクトモデルに関する論文を土木学会で発表しています。
これは、建築用のIFCをベースとして土木構造物のためのプロダクトモデル構築を目指したもの。まず、PC橋梁へ適用するために必要な各クラスを拡張し、3Dプロダクトモデルを構築。それを基に、市販の3D CAD、「UC-1 PC上部工設計計算システム」(フォーラムエイト)および自身らが開発した構造細目照査システムの3種類のアプリケーション間で、やはり自主開発したコンバータを介し実際にデータ交換してその有効性を確認しました。
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▲シールドトンネル、開削トンネル、山岳トンネルのプロダクト
モデルの開発 |
▲コンクリートの各種変状(ひび割れやすりへり等)
のプロダクトモデル |
その後、海外からその成果に対する関心が寄せられる中、同時期にIAIフランス語圏支部で取り組まれた「IFC-BRIDGE」が開発のコンセプトやアプローチで類似していることが分かり、同支部から日本を含む各支部にIFC-BRIDGEの共同開発が呼びかけられたのを受け、IAI日本に同プロジェクトの窓口として前述の土木分科会が設置された経緯があります。
また、もともとVRの土木・建築分野への応用に着目してきた同教授はフォーラムエイトの3DリアルタイムVR「UC-win/Road」を早期に導入。かつてニュージーランド出張の折、その開発者を尋ねたことがあるなど、同ソフトへの高い評価を述べます。
さらに同研究室では現在、建物エネルギーシミュレーション「DesignBuilder」を教育用に活用。これらの経験を踏まえ、UC-win/Roadをプラットフォームとして設計や解析など各種ソフトが連携するフォーラムエイトのBIM/CIM対応ソリューションの可能性にも言及します。
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▲温熱環境シミュレーションの結果をVR
としてアバターに経験させるシステム |
▲温熱環境シミュレーションの結果
(風の流線と気温)をARを用いて表現 |
▲MMSや固定式レーザースキャナ
による点群データのポリゴン化 |
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▲橋梁の点検結果を色分けし、3次元モデルに表示 |
▲UC-win/Roadを用いた都市空間のVR |
CIMがもたらすメリット、CALS/ECとの違い
「今多くの人にとって、CIMとは3D CADを使い橋梁や道路などの3Dのモデルをつくるということ。それで可視化や干渉チェック、数量計算が(容易に)出来る、といったところがだいたいのイメージなのではと思うのです」
ところがそれは、CIMのごく初期段階のことであって、目的とはならない。つまり、CIMが普及していくにつれ、単に3Dモデルをつくるということではなく、計画、設計、施工および維持管理というフェーズを越え、幅広い関係者間でそのモデルを共有することがより重要になる、と矢吹教授は説きます。
社会資本整備のプロジェクトでは、各プレーヤーが使うソフトウェアはCADをはじめ設計、計算、解析、積算、シミュレーションなど多岐にわたる上、もちろん関係者間で同じソフトが使われているとは限りません。そのような場合、従来であれば異なるソフト間で互換性がないために再利用可能なデータとして蓄積されない「自動化の島」の問題を来していたのが、例えば前述のIFCなど標準化されたデータモデルを用いるBIM、あるいはCIMの手法はこの問題のソリューションになるものと期待されます。 |
▲UC-win/Roadを用いた都市空間のVR |
またBIMやCIMでは、大勢の異なるプレーヤーが設計、施工、維持管理といった作業を同時進行。例えば、設計の初期段階から施工業者や維持管理業者がモデルを見ながら後工程で生じ得ることを事前に検討し、品質向上や工期短縮などに繋げること(フロントローディング)が可能です。
さらに将来的には、発注者を含め設計、施工、維持管理などのプロジェクト関係者が3Dモデルを共有。各プレーヤーはそれぞれの役割を果たしながらも、その初期段階からプロジェクト全体にコミットし、協調して全体最適化を図るIPD(Integrated Project Delivery)を目指すことになる、と矢吹教授はCIMのもたらすメリットについて描きます。
その上で同氏は、CALS/EC(公共事業支援統合情報システム)の電子納品は、基本的に既存のビジネスのやり方を電子化。CADデータ交換標準(SXF)を使い2D図面のデータをやり取りするため、人間対人間の情報伝達に留まっている、と指摘。それに対し3Dのプロダクトモデルであれば、3DのCADデータにオブジェクトの属性や振る舞いなどの情報がコンピュータ間で共有され、効率化に繋がり得る、と両者の違いを述べます。
CIMを契機とする変革と期待
「CIMは、従来のやり方を変えていかなければ、あまり大きな成果が出ないものです」
それは公共事業をめぐる制度が変わることを意味し、そのことによる多少の混乱も想定されます。ただ、先進諸外国や歴史のモーメンタムからその方向性は間違いないもので、将来的にも発展していくはず、と矢吹教授は見方を提示。そこで課題となるのが、プロダクトモデルの開発とその標準化であり、制度の改革とそれを反映した関係者個々の対応だと言います。
そのような認識の下、同氏は国交省以外にも高速道路や鉄道などのインフラ関連企業を対象にCIM導入準備の支援活動を展開。併せて、buildingSMART Internationalを通じてプロダクトモデルを開発。3D CADやVR、AR、点群データなどに関係するソフトをその動作原理を理解し使いこなすという、まさに土木情報学の理念を体現した教育にも力を入れています。
「建設分野におけるICTの利用状況はここ数年の間に非常に大きな変化を見るでしょう」
そのため、高度な作業環境の確保と、汎用的なソフトを使ってプロダクトモデルという標準化されたデータを共有し、使いこなしていくアプローチが欠かせません。さらにその先で同氏はIPDへの進展を視野に、技術者のモチベーション向上に期待を示します。
「CIMによる効率化やコストダウンの実現、安全性の確保はもちろん重要ですが、それだけでなく、CIMは技術者としての幸福感をももたらすはずです」
(執筆:池野 隆)
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(Up&Coming '15 盛夏号掲載) |
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