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第 3 回  洪水リスクアセスメントのための入門講座 
都市の洪水リスク解析入門
 
書籍『都市の洪水リスク解析』(著:芝浦工業大学教授 守田優氏/フォーラムエイトパブリッシング刊)による入門講座です。洪水リスクアセスメントの考え方について、基本的な理論や手法からリスク評価への応用、将来的な展望までをわかりやすく解説していきます。今回は、都市の洪水リスク分析にあたり、近年の都市型水害の様相について、内水氾濫被害の増加や都市構造の立体化、多雨傾向などの観点から考察します。さらに、都市型水害の浸水被害特性やリスクファイナンシングについても触れます。
都市の洪水リスク分析 その2

 都市水害から都市型水害へ

都市水害とは、不浸透域の増加、下水道の普及を背景に洪水流出が増大し、流域の人口・資産の集中により被害ポテンシャルも高くなる結果もたらされる都市流域の水害である。これは古典的な都市域の水害である。しかし、1990年代ころから都市の水害が新たな様相を呈し始めてきた。

都市域における水害は従来「都市水害」と称され、『土木用語事典』(技報堂・土木学会・1990)にも、「都市水害」はあるが、「都市型水害」はない。「集中豪雨」や「ゲリラ豪雨」と同様、マスコミによる造語であろう。しかし近年の都市域の水害は、従来の古典的な都市水害よりさらに複雑化し、新たな特徴を示すようになった。すなわち、(1)内水氾濫の増加、(2)都市の立体化、(3)多雨傾向、(4)浸水脆弱性である。

まず、大都市圏における都市河川の治水事業が進展するとともに、河川の溢水・越水よりは下水道の内水氾濫による浸水被害が目立ってきたことである。これは都市構造の立体化によってさらに助長され、浸水する可能性のある空間が拡大し、浸水脆弱性を高めることとなった。また、降雨特性の傾向として、ゲリラ豪雨と通称される局地的集中豪雨の頻度の増加があり、このことも内水氾濫の頻度を増すこととなった。

内水氾濫被害の増加

都市域において河川の治水事業が進み、治水安全度が向上してくると、河道の堤防決壊や溢水による浸水被害よりも下水道の内水氾濫による浸水被害が目立ってくる。もちろん、内水氾濫は以前からあったし、下水道が普及する前の都市域は、降雨のたびに恒常的に浸水状態になった。日本の大都市において、戦後、道路の舗装とともに、合流式下水道の普及が進んだ背景として、このような浸水被害の防止が挙げられる。

内水氾濫は、都市中小河川の堤防決壊や溢水による浸水に比べて、氾濫規模は小さいものの頻度が高く、市民生活や企業活動を停滞させ、社会的経済的な影響も大きい。近年の都市の水害においては内水氾濫による被害が増加している。図1はよく知られているものであり、全国と東京都の水害による被害額の内訳を示したものである。内水氾濫が、全国で約48%を占めている。東京都では93%が内水氾濫による被害である。このように内水氾濫が都市の水害で顕著になってきた背景として、(1)都市化による有効降雨の増加、さらに(2)「ゲリラ豪雨」と呼ばれる局所的集中豪雨の増加が挙げられる。特に東京都の場合、すでに述べたように河川の治水事業が進んだことを背景に、相対的に内水氾濫の被害が顕在化してきたと言える。 画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
図1 全国と東京都における内水氾濫の被害額
  (平成6年〜15年の10年間の原因別被害額構成比)

内水氾濫は、外水氾濫に比べると浸水地域は地形的に限定される傾向がある。しかも短時間で降雨も停止することが多いことから、1回1回の被害の規模は大きくはない。しかし、頻度が少なくないため、総額としての被害額は無視できないものになる。日本の治水事業は、まず大河川から始まり、つぎに都市中小河川へと対象を移してきた。都市中小河川の治水安全度が高まってくると、下水道の内水氾濫が顕在化してくる。また河川の洪水位が上昇すると下水道の雨水排水を抑制し内水氾濫を誘発する。都市流域の内水氾濫対策は河川と下水道の統合的な管理がこれまで以上に要求されると言える。

都市構造の立体化

都市特有の水害として人々の注意を喚起したのは、1999年、福岡市と新宿区で起きた地下室の浸水による死亡事故である。福岡市ではJR博多駅近くを流れる二級河川御笠川からの溢水や下水道の排水能力を超えた雨水が道路を流れ、JR博多駅周辺の多数のビルの地下階に流入し、そのひとつの地下階で女性一人が逃げ遅れて水死した。同年、東京都新宿区でも浸水による地下室での死亡事故があり、これらの事故を契機に、都市水害における地下空間の脆弱性とその防災対策が重要な課題として認識されるようになった。

都市における地下空間は、(1)不特定多数が利用する、地下街、地下鉄、大規模ビル等、(2)主に特定の少数が利用する中小規模ビル・共同住宅等の地下室、(3)個人住宅の地下室、半地下室に区分される。地下空間においては、上に述べた1999年以前にも地下鉄や地下街で水害が発生している。末次1)によれば、1973年に名古屋市営の地下鉄でホーム上40cm浸水した記録があり、1989年には、都営浅草線五反田駅に目黒川の氾濫水が流入して地下鉄が不通となる事態もあった。また地下街では、1970年に東京駅の八重洲地下街で河川の水圧で防水壁が破れ、水が浸入している。1982年には、新宿歌舞伎町のサブナードで内水による浸水も生じている。

都市域において地下空間は増加しているか。図2には、東京都の地下室を有する建物棟数の変化を示したものである。顕著な増加傾向が見られる。都内の地下鉄延長も伸びており、約280か所の地下鉄駅において利用者は1日800万人(平成18年度)に及んでいる。また東京には、新宿、池袋などに8箇所の大規模地下街があり、豪雨対策の重点箇所となっている。さらに1994年6月の建築基準法の改正によって、住宅地下室の容積率不算入制度が定められ、地下室を居室として利用することも可能となった。個人住宅や小規模建物の地下室、さらに半地下式の共同住宅や駐車場等も増加傾向にある2) 画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
図2 東京都内の地階を有する建物棟数の推移3)

地下空間の浸水被害については、国土交通省により『地下空間における浸水対策ガイドライン』(2002)、また東京都においては『東京都地下空間浸水対策ガイドラン』(2008年)が作成されている。いずれも詳細で丁寧につくられたガイドラインである。しかし重要なことは、このガイドラインがミクロマネジメントとして、対象となる地下空間において豪雨時に適正に機動することであり、地下空間の管理者や所有者への実効性のある普及啓発が課題である。

多雨傾向

近年、豪雨が増えた、雨の降り方が昔と違う、など気候の多雨傾向について話されることが多くなった。確かに、時間100mmを超える雨が日本のどこかの都市部で毎年のように報告されるようになると、以前より豪雨が増えた、都市の気候に異変が生じているという印象をもつ。

都市河川の治水水準、下水道の雨水排水水準は、全国的に時間50mm前後に設定されているが、これらの整備計画が作成されたのは1960年代後半から1970年代である。当時、降水量の長期変動において比較的降水量の少ない時期にあったこともあり、時間50mmはかなり重みのある数値であり、このレベルを超える雨はそうはなかった。しかし、1990年代に入ってから、東京でも時間100mmを超える雨もめずらしくなくなり、時間50mmを超える雨の生起回数は明らかに増加傾向を示している(図3)。 画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
図3 時間50ミリを超える降雨の発生率の経年変化3)

降水量に関する長期変動については、気象庁が、国内51地点で観測された1989年から2013年の年降水量データから年降水量の経年変化を発表している。それによると、年ごとの変動が大きくなっていることと、1920年代半ばと1950年代頃に多雨期が見られることを指摘している。また同データについて、降水量の年々の変動は非常に大きいが、日本全体の1年間の総降水量に関しては、増加しているという有意なトレンドは見られないとしている。しかし、大雨に着目すると、大雨が降る頻度は増加し、逆に小雨は減少するという傾向が指摘されている。藤部4)によると、1901年から2009年までの同じく国内51地点の気象庁のデータから、1日の降水量が200mm以上降った回数は100年間で33%、100mm以上降った回数は21%も増加し、ともに有意な増加傾向が確認され、一方、少雨の頻度については有意に減少傾向を示し、降水日数も15%減少したとしている。ただ、Kanaeら5)の研究によると、東京の大手町1地点のデータであるが、明治以降の1時間単位の降水量データを見ると、豪雨や大雨の増減の長期変動は数10年単位で波打っており、近年の大雨の増加傾向は確かに認められるが、単調に増加してきたわけではなく、1940年代においても現在と同じように大雨・豪雨が活発であったことを述べている。

豪雨の長期傾向を整理すると以上のとおりである。ところで豪雨の原因について、前回の記事では台風と集中豪雨にわけて議論したが、空間スケール、時間スケールからもうすこし厳密に分けると、台風本体、線状降水帯、そして熱雷豪雨(局地的大雨)の3種類に区分できる6)。特に、熱雷豪雨は、数kmから10数kmの空間スケールで豪雨継続時間も数10分から1〜2時間程度であり、線状降水帯の空間スケール(幅10〜30km、長さ100〜200km程度)、時間スケール(3時間〜数時間)より小さく、いわゆるゲリラ豪雨の特徴を備えている。1999年の練馬豪雨(時間最大131mm)や2008年の都賀川の水害はこの熱雷豪雨である。今後、この熱雷豪雨による内水氾濫の増加が予想され、都市の水害の様相もより局地的集中的なものになっていくと思われる。

ところで都市の水害において時間最大降雨量が指標として用いられることが多い。これは都市中小河川スケールの洪水到達時間がほぼ1時間であることに対応している。しかし、下水道の内水氾濫においてはより短い時間での降雨強度が検討の対象となる。図4は、東京管区気象台大手町観測所の降雨記録を対象に1時間より短い降雨強度の傾向を示したものである。1971年から2010年までの降雨で1日降雨が30mm以上の439降雨を対象に、紙ベースの記録紙の読み取りも含めて、10分から180分までの各継続時間について降雨強度を読み取った。そして降雨強度の大きい順に並べ、上位100位に入る降雨についてその発生年の内訳を整理した。 画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
図4 降雨継続時間別の上位100位に占める
   各降雨継続時間の降雨数

降雨データの発生年の内訳は、1971年から2010年まで5年単位で分類した。縦軸は、各継続時間の降雨強度が上位100位に入る降雨数を表わしている。図から、1970年から1995年まではやや変動はあるものの、どの継続時間においても、増加傾向は認められない。しかし1990年代後半において、全ての継続時間で降雨強度が増加している。特に10分、20分、30分といった短時間の降雨強度においても顕著な増加が注目される。40年間のデータでは長期的な多雨傾向を論じるには十分ではないが、内水氾濫との関係で注意すべき傾向と言える。

 現代の都市生活と水害の諸相

都市型水害の特徴である内水氾濫の増加、都市の立体化、多雨傾向について述べてきたが、最後に浸水脆弱性について論じる。

水害の被害については、浸水面積、床上浸水戸数、床下浸水戸数、さらに被害総額が基本的事項として行政側から発表される。しかし、床上浸水による被害状況として、どのような状況で、どのような物件が、どのように被害を受けたかという、被害を受けた側からの詳細な報告はあまりない。国土交通省の『治水経済調査マニュアル(案)』も、全国的、一般的な水害を対象としており、近年の都市型水害に焦点を絞った被害の実態については、個別の報告としていくつか文献に見られるものの、「都市水害の現在」をとらえたものは少ない。

2005年9月の東京の神田川水害は、浸水面積約55ha、床上浸水3,400戸、床下浸水約2,500戸という甚大な被害を生じた典型的な都市型水害であった。この豪雨の時間最大降雨量の空間分布を図5に示した。このとき杉並区下井草観測所では、時間最大112mmの降雨強度を記録した。図から雨域が神田川上流域に局所的に集中していることがわかる。この集中豪雨による水害は、特に杉並区、中野区という全国的に最も進んだ都市的ライフスタイルの定着している住宅地を襲った点でも注目すべき水害であった。筆者は、この点に着目し、被災住民を対象に現地において聞き込み調査を実施し、「水害脆弱性」(vulnerability)という観点から都市水害の実態を調べた。

画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
図5 神田川流域の2005年9月水害の最大時間雨量の空間分布(2005年9月4日18:00〜9月5日3:00)7)

都市型水害の浸水被害特性

都市型水害のもつ水害脆弱性について聞き込み調査を行った内容をまとめると、都市水害の新たな局面として、以下のように整理できる。まず、浸水被害特性について
(1) 床暖房・フローリング・壁断熱材・エアコン室外機等、現代のライフスタイルに関連する被害が顕著になった。
(2) 現代の建物で使用されている建設資材で、壁の石膏ボードや一部の壁紙、フローリングなど一般廃棄物で処理されないものが増加している。家電製品も家電リサイクル法で廃棄できない。
(3) 半地下や地下室の構造では内水氾濫による浸水の可能性が増大した。
(4) 漏電防止のため自動的に停電になる家屋があり、停電という事態への対処が必要である。

つぎにソフト面について
(1) 住民はハザードマップの存在を知らない。内水氾濫については浸水危険度が十分にカバーできない。地形による補完も必要である。
(2) 避難場所も歩行可能性についてチェックが必要である。
(3) 集中豪雨時の行政の迅速な防災体制と住民への適正な情報伝達の必要性が痛感された。
(4) マンションでの住民間の意志疎通の希薄さへの対応、階数による浸水危機意識の温度差についての対応は必要である。
(5) 地下室の浸水へのポンプ排水の対策。
(6) 水害時のゴミ処理ガイドライン作成の必要性。
都市型水害においては、建物・住宅のハイテク化が浸水脆弱性を高めていること、さらに、マンションに典型的に見られるように都市住民の疎遠な人間関係が被害軽減活動の障害になっていることがわかる。

都市型水害のリスクファイナンシング

2005年9月の神田川水害は、都市型水害の典型として、降雨量もさることながら、被害形態においても、従来の都市水害とは異なる新たな局面に入ったことがわかった。それでは水害の復旧過程はどうであったか、特に復旧資金がどのように調達されたかについて調査を行った。

調査は、被害の大きかった善福寺川上流・下流、妙正寺川と江古田川・井草周辺を対象に、2009年11月、ポスティング形式によるアンケート用紙を配布した。しかし、質問内容が個人の資産に関するものであり、個人情報にかかわるものであったため、回収率は悪く、配布した800世帯に対して8.25%の66世帯であった。しかし、回答内容は興味深いものであり、参考までにここに紹介する。回答した66世帯のうち、床上浸水26世帯、床下浸水12世帯、地下室浸水3世帯であり、残り25世帯は浸水被害を受けていなかった。このうち、床上浸水の被害を受けた25世帯の結果を図6に示した。

画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
図6 水害保険と復旧における資金調達(回答数:25)

まず、水害当時に損害保険に加入していたか否かについては、68%加入しており、そのうち84%の22世帯が保険金を受け取っている。火災保険の水害特約として契約していた世帯と考えられる。受け取り額の平均は約165万円である。保険を含め調達した資金で復旧の費用をすべて賄うことができたかについては、72%の19世帯が賄うことができたという。復旧資金の調達先を見ると、自己資金38%と保険金38%ということであった。ちなみに床下浸水の世帯の損害保険加入率は85%で、保険金受け取り額は平均して12.5万円であった。サンプルが少ないこのアンケート調査から断定的なことは言えないが、筆者の予想に反して、床上浸水で被害を受けた世帯の水害保険受取率が意外に高く、受け取り額も復旧資金としてそれなりに寄与していることがわかった。

日本の水害保険は、火災保険の特約としてあつかわれ、火災保険で「総合」がつくものは水害もカバーしている。日本においては、被害の広域性・同時性による大数の法則の不成立、逆選択による加入者確保の困難性、巨大災害時の保険制度の安定性確保の困難さなどから、本格的な導入への問題点も指摘されている8)。ただ、国の財政的支援も含めて、都市域における水害保険は洪水リスクへの対処方法(リスクファイナンシング)として有効ではないかという印象を持った。特に、近年のように局所的な集中豪雨が多発する状況においてはなおのこと、水害保険の役割は無視できないように思う。水害保険の導入においても、大規模河川の洪水と都市中小河川のそれは区別して議論することが必要であろう。

参考文献
1)末次忠司:都市型地下水害の実態と対策,雨水技術資料,雨水貯留浸透技術協会Vol.37,pp.55-62,2000.
2)東京都:東京都地下空間浸水対策ガイドライン−地下空間を浸水から守るために−,p.2,2008.
3)東京都:東京都豪雨対策基本方針(改定),東京都都市整備局,p.7,2014.
4)藤部文昭:日本の気候の長期変動と都市化,天気,58,pp.5-18,2011.
5)Kanae,S., Oki,T., and Kashida, A.: Change in Hourly Heavy Precipitation at Tokyo from 1890to 1999,J. Meteor. Soc. Japan, Vol.82,No.1, pp.241-247, 2004.
6)鼎信次郎:局地的集中豪雨(いわゆるゲリラ豪雨)の降雨特性,水循環,雨水貯留浸透技術協会,Vol.73,pp.11-16,2009.
7)雨水貯留浸透技術協会:平成17年9月関東地方大雨による市街地浸水災害調査報告書,(社)雨水貯留浸透技術協会,2006.
8)湧川勝巳:水害保険制度と治水対策について,水循環,雨水貯留浸透技術協会,Vol.72,pp.24-32,2009.

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第2章 都市と洪水流出 第6章 洪水リスクの不確実性
第3章 洪水リスクアセスメントの基本フレーム 第7章 洪水リスクのアセスメントとマネジメント〜課題と将来
第4章 洪水リスクアセスメントの手法    
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