地盤FEM解析エンジニアリングのための入門講座の11回目です。今回は、第10章「解析事例」について説明します。様々な解析対象に対して、問題の本質をよく理解した上でモデル化、使用する構成則、材料パラメータなどを決定しなければなりません。具体的な解析事例をいくつか紹介し、解析モデルや材料パラメータの決定方法、解析結果の評価方法について参考にして頂きたいと思います。
1.解析概要
福岡県福岡市の公園造成に伴って施工された盛土工斜面の安定解析事例を紹介する。本盛土工は公園内に運動場を設けるために高さ約6m、土工量約4000m3、用土は現場発生土(俗称:マサ土)を使用し平成7年に施工されている。造成工事完了後において現場の地下水位が約1mほど高くなり、降雨の影響で盛土の一部が崩壊するなどの問題が発生した。このため排水設備を整備するなどの対策工を施工したのちは、現在まで異常は発見されていない。しかし、平成17年の福岡県西方沖地震においては本盛土は無傷であったものの、現場周辺の一部は崩落するなどの被害が生じた。このため、本盛土の耐震性を調査することとした。
1)盛土工の概要
■図1 現場計画平面図
造成では、雨水排水のため道路側溝を設け、運動広場にも側溝を設けている。また、排水対策のために道路側溝下部に暗渠排水を設けた。今回現場調査のためにコーン貫入試験を実施したが、その時に地下水位が造成前に比べて高くなっていることが判明した。
■図2 現場断面図
2)地盤調査の概要
No.2ボーリング柱状図を示す(図3)。
造成工事前に実施したものであるため、盛土工事後の状況は反映していない。
表土は軟弱な部分のみ撤去し、ブルドーザ整地及び締固め施工ののち盛土を施工している。
地盤定数は、盛土部分は一般的な砂質土の定数を用い、現状地盤においては標準貫入試験、コーン貫入試験、室内試験、砂置換法による現場密度試験等を実施したが、本FEM解析事例では N 値による推定値を採用した(表1)。
地下水位は、施工前では現状地盤-1.4mであったが、施工後3年ほどのちの測定では、現状地盤高さ-0.5mに上昇した。
これは、盛土荷重による下側地盤への荷重増加等による沈下などによって、地下水の流下状況の変化によるものと考えられる。
粘性土の粘着力cの推定は、まず一軸圧縮強度quをN値から推定式により求め、quからcを求める。
|
|
■図3 No.2ボーリング
柱状図 |
■表1 地盤定数
番号 |
土質名 |
種別 |
単位体積重量
|
平均N値 |
内部摩擦 |
粘着力 |
ポアソン比 |
変形係数 |
γt |
φ |
c |
E |
kN/m3 |
度 |
kN/m3 |
kN/m3 |
1 |
シルト質粘土 |
粘性土 |
14.0 |
4 |
0 |
29.42 |
0.45 |
11200 |
2 |
砂質シルト |
粘性土 |
16.0 |
5 |
0 |
31.87 |
0.49 |
14000 |
3 |
シルト |
粘性土 |
17.0 |
11 |
0 |
46.58 |
0.49 |
30800 |
4 |
礫混じりシルト質粘土 |
粘性土 |
17.0 |
15 |
0 |
56.39 |
0.49 |
42000 |
5 |
風化頁岩 |
粘性土 |
18.0 |
25.1 |
0 |
81.15 |
0.49 |
70280 |
6 |
頁岩 |
岩盤 |
19.0 |
128 |
23.61 |
306.54 |
0.4 |
192701 |
7 |
盛土 |
砂質土 |
19.0 |
8 |
25 |
30 |
0.3 |
22400 |
3)安定検討
支持地盤も含んだ盛土の安定検討にあたって、以下の点に留意した。
一般的なすべり解析であれば、簡便法等のすべり解析を行い安全率で安全性を評価する。しかし、今回のケースは、現状地盤に盛土を構築して地下水位が上昇した状態を再現し、その状況での安全性を検討することであるため、検討計算は「FEM解析による安定検討」による手法で行う。GeoFEASでは、上記状況を再現して安定解析の実施が可能である。
■図4 ステージ解析
図4に示すとおり「施工前(現状)」→「盛土施工後」→「地下水位上昇」→「大地震時」と各ステップで応力を算定し、算定された応力を次ステップに反映させることによって、各ステップに前ステップの影響を含んだ解析を行う。
また、安定解析では安定性の指標として安全率を算定し、その値が必要安全率を上回っていることで安全を確認する。安全率の算定に際しては地滑りなどの解析で用いられている簡便法等の分割法が一般的であるが、「FEM解析による安定解析」では「せん断強度低減法」によって安全率を算出する。
2.解析モデル
GeoFEASによる解析実施に際して、解析内容を説明する。
- 解析の目的:斜面の耐震性評価(安全率:せん断強度低減法)
- 静的全応力解析
- 平面ひずみ解析
- 境界(底面=固定、側面=鉛直自由・水平固定)
- 解析ステージ:現状→盛土施工→地下水位上昇→大地震
- 構成則:MC(モールクーロン)式
- 大地震時の設計水平震度kh=0.20
(=大地震時の標準震度0.25×福岡県地域係数0.80)
3.解析ステージ
図5に示す解析ステージを用いて解析を行った。
■図5 解析ステージ
4.解析結果の評価
GeoFEASによる解析結果を以下に示す。
■図6 最大せん断ひずみ増分のコンタ図と安全率
算定した各ステージの安全率が図6の中に示されている。地震時の Fs=1.001≧所要安全率1.000のため、地震時も安全と判断できるという結果を得た。図6にせん断強度低減法解析で得られた最大せん断ひずみ増分のコンタを示す。盛土右側及び下側の赤色部分に大きなせん断ひずみ増分が発生し、盛土側面及び底面に沿って滑り面が発生 するものと判断される。
今回の解析では、安全率の算定を行った。従来の円弧すべり法と異なり、予め円弧中心や半径を仮決めすることなく、解析結果として任意形状のすべり面を検出することができる。地下水上昇や地震時についても安定性を評価することが可能である。
1.解析概要
本解析は、トンネル拡幅工事に伴う計画の適正チェックを行うものである。モデル規模は、節点数1,189、要素数1,257である。
- 地盤は平面ひずみモデルとする。
- 解析は2次元弾塑性FEM解析(破壊接近度法)を用いた。
- 解析領域については、解析幅は左右5D(Dはトンネル径)を取り、トンネル掘削による影響がおよばない範囲までモデル化した。また、解析高さは、土被り高が50m以上あることから、地表面への影響はないと判断し、トンネル上下に3Dを取り、解析領域上方の地山重量は境界面に荷重として載荷させた(解析幅=88.44m、解析高=54.195m)。
- 境界条件は、底面が鉛直・水平方向とも変位固定、側面が水平方向変位固定・鉛直方向変位自由とした。
- ロックボルトおよび吹付けコンクリートについては、梁要素を用いてモデル化した。
■図7 解析断面
1)入力物性値
a)地盤要素
a-1)構成則 岩盤の構成則として、非線形弾性の破壊接近度法を用いた。表2に岩盤の物性値を示す。
■表2 地盤要素入力設定画面
プロパティ
No |
γt
(kN/m3) |
D0
(kN/m3)
|
Df
(kN/m3) |
ν0 |
νf |
m |
n |
σt
(kN/m2) |
τR
(kN/m2) |
a |
k |
1 |
23 |
1.1×106 |
1.1×105 |
0.49 |
0.45 |
0.25 |
0.125 |
-450 |
1010 |
2 |
3.33 |
2 |
23 |
1.1×106 |
1.1×105 |
0.30 |
0.45 |
0.25 |
0.125 |
-450 |
1010 |
2 |
3.33 |
a-2)同じ地層の地盤要素を2つのプロパティに分けた理由 ステージ1の自重解析には土被りが厚いため初期側圧係数を1.0と想定した。そのためプロパティ1を自重解析用として設定し、初期側圧係数から算定して初期ポアソン比 ν0、破壊時ポアソン比νfを共に0.49と入力した。ステージ2以降は、地山のポアソン比をプロパティ2に設定した。
b)ロックボルト他 ロックボルトに関しては、断面積および断面二次モーメントの値を奥行き方向単位m当りに換算した(ロックボルト縦断ピッチで割った値)。また、吹付けコンクリートの変形係数はNATM設計施工指針に記載されている値を採用した。以下に使用した物性値を示す。
- No.1:ロックボルト
異形鉄筋D22で配置間隔=1.50(m)
断面積:A = Ao/1.5 = 3.871×10-4/1.5 =2.581×10-4(m2)
断面二次モーメント:I = π D4/64/1.5 = π (22.2×10-3)4/64/1.5 = 2.530×10-9(m4)
- No.2:吹付けコンクリート
厚さ:t =0.10(m)
断面積:A = 0.1 (m2)
断面二次モーメント:I = 0.13/12 = 8.333×10-5(m4)
■図8 解析ステージ
2.解析結果の評価
解析結果は、トンネルの周辺環境、地山条件、覆工構造等を考慮した上で次の事項を検討する。
- トンネル内空変位量
- ゆるみ領域の範囲
- 支保工部材の応力
本事例ではゆるみ領域と支保工部材について評価した内容を紹介する。
1)ゆるみ領域(応力変化範囲)のチェック
■図9 局所安全率分布図
解析結果として、ゆるみ領域、すなわち、局所安全率分布図における安全性についてチェックする。凡例の設定を最小値から安全率10程度の範囲に絞って描画を行った。
トンネル周辺において局所安全率が一番小さな領域、すなわち、ゆるみ領域となっているトンネル周辺を拡大してみる。アンカーが設置される範囲において安全率は1.0以上を確保しているので全く問題ないと判断できる。
アンカーの設置状況は、図10に示されている。
■図10 アンカー周辺モデル図
■図11 部材力図
吹付コンクリートにおいては、部材1271の中に軸力が最大となる。その部材力の値は以下のとおりである。
M =1.551 (kN・m)
S =2.060 (kN)
N =573.5 (kN)
よって、吹付コンクリートの最大応力は次のように求められる。
|
|
(1) |
吹付コンクリートの許容曲げ圧縮強度を12.5 N/mm2 とすると十分に許容以内である。
ロックボルトにおいては、部材1268に軸力が最大となり、N = 30.84 (kN)である。よって、ロックボルトにおける最大軸応力は次のように求められる。
|
|
(2) |
ロックボルトSD345の許容引張強度を200 N/mm2 とすると十分に許容以内である。
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■『新版・地盤 FEM解析入門』目次構成 |
第1章 |
地盤工学におけるFEM 解析
地盤FEM解析の必要性・体系、解析種類、数値解析の誤差 |
第2章 |
地盤FEM 解析の基礎理論
力学の基礎、平面ひずみ問題と軸対称問題、有限要素法の基礎 |
第3章 |
地盤FEM 解析のためのモデリング技術
解析目的、手法、条件、トンネル掘削解析における応力解放率 |
第4章 |
地盤材料の構成則
応力不変量、線形弾性構成則、非線形弾性構成則 、弾完全塑性モデル、段塑性構成則 |
第5章 |
材料パラメータの決め方
等方線形弾性構成則、弾完全塑性モデル、破壊接近度法のパラメータの同定方法 |
第6章 |
地盤と構造物の相互作用
構造物のモデル化、インターフェイスのモデル化 |
第7章 |
非線形解析
増分法、Newton-Raphson法、繰返し計算における収束条件 |
第8章 |
せん断強度低減法による安定解析
せん断強度低減有限要素法の紹介と応用例 |
第9章 |
液状化に伴う自重による変形解析
解析手法、パラメータ、解析事例、柔構造樋門の設計との連動機能 |
第10章 |
解析事例
盛土の斜面安定、 擁壁杭基礎の盛土載荷問題、トンネル拡幅工事、推進工法による地盤への影響解析 |
第11章 |
GeoFEAS の操作方法
トンネル掘削に伴う近接杭基礎への影響解析、せん断強度低減法による斜面の安定解析 |
第12章 |
地中熱解析について
地中熱について、地中熱解析とは |
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