●はじめに
建設ITジャーナリストの家入龍太です。ここ数年、建物のファサードや土木構造物の表面などをスクリーンにして、動画を上映する「プロジェクションマッピング」というイベントが各地で行われています。
有名なものだと、東京駅の駅舎やさっぽろ雪まつりの雪像、横浜市内の石造ドックをスクリーンに利用して、ファサードやドックの形に合った映像を映した例があります。また、小規模なものだと店舗やレストランの内壁や、博物館に展示されている模型の表面を利用したプロジェクションマッピングの展示なども行われています。
プロジェクションマッビッグは凹凸のあるスクリーンに映像をピッタリと合わせたり、視角によって影ができないように工夫したり、限られた出力のプロジェクターを複数配置することで必要な明るさを確保したりと、様々な技術的なことが求められます。また、プロジェクションマッピングを実施する場所や上映方法も、広告関連や道路関連の法規や基準を満たす必要があります。さらに、イベントとして大規模に行う場合は広告としてのタイアップも欠かせないので、スポンサーに対して誤解のないように説明し、事前に合意形成を行ったり、実施によって広告効果を高めるための方法も検討したりしておくことも求められます。
プロジェクションマッピングを使ったイベントを成功させるためには、技術、法基準、スポンサーとのタイアップや広告手法など、様々なことを検討しておくことが必要なのです。
▲東京・目黒区の円融寺で2013年に行われたプロジェクションマッピングの例(写真:町田聡氏)
●プロジェクションマッピングとは
▲「3Dプロジェクションマッピング&VRセミナー」は、
町田聡氏(左側)が会長を務める表技協が後援している。
プロジェクションマッピングの計画から実施までの流れを約3時間で理解できる「3Dプロジェクションマッピング&VRセミナー」が9月30日、フォーラムエイト東京本社で開催されました。
最初の1時間はプロジェクションマッピングの基礎知識や概要と事例の紹介、その後、10分間の休憩をはさんで、フォーラムエイトのリアルタイム3Dバーチャルリアリティーシステム「UC-win/Road」を使ってのプロジェクションマッピングの投影シミュレーション体験を行いました。
前半部分の講師を務めたのは、プロジェクションマッピング・コーディネーターとして活躍する町田聡氏です。町田氏は、一般財団法人 最先端表現技術利用推進協会の会長やアンビエントメディア代表、プロジェクションマッピング協会アドバイザーなどを務める傍ら、数々のプロジェクションマッピングのイベントやテレビコマーシャルなどのプロジェクトに参画してきました。
セミナーの冒頭、町田氏は「プロジェクションマッピングの目的とは、現実と仮想を融合して、空間やモノに新しい価値を与えるものである」と説明しました。映画館などのあるスクリーンで鑑賞する映画などは、映像を第一優先に考え、それに合ったスクリーンを用意して上映します。
それに対してプロジェクションマッピングの場合は、前提条件としてスクリーンとなる建物やモノがあり、それに合わせた映像を作るという順序で作品作りが進むのです。映像コンテンツもスクリーンにあったデザインや内容を考える必要があります。
プロジェクションマッピングの規模も大から小まで、様々なものがあります。大規模なものは、ビルのファサードをファッションショーの会場に見立てた作品が有名です。映像もコンピューターグラフィックス(CG)だけでなく、実写の人間がその中にマッチするように動くようにすると、現実と仮想が相まってより効果的な映像になります。そして大規模なプロジェクションマッピングには、コンテンツのリッチさも求められることになります。
中規模のプロジェクションマッピングは部屋の中を利用して行う規模のものです。面白い利用例としては、家具の色や柄をシミュレーションするシステムがあります。
イスなどの位置や向きをセンサーで常時追跡し、2台のプロジェクターから色や柄の映像をイスの正面や側面に投影してみるものです。
小規模なものは携帯電話などの表面を利用してプロジェクションマッピングを行った例などがあります。小さいから簡単かというとそうではなく、立体感を見られる視角が狭く、スクリーンとなるモノがすぐ動くので映像がずれやすいといった問題もあります。
こうした小規模なプロジェクションマッピングは見られる人も数人に限られていますので、広告・宣伝などのマーケティングに使うためには、動画投稿サイトのYouTubeなどにアップする方法が効果的です。大規模なプロジェクションマッピングでもせいぜい2〜3万人しか見られないのに対し、YouTubeに投稿することで小規模なプロジェクションマッピングを数十万人に見てもらうこともできるのです。
住宅のショールームのようなコの字形の壁を使って、ひずみのない説明図を表示するときなどには、視点の位置も重要です。真正面から見るとひずみのない映像に見えますが、少し横から見ると映像がひずんで見えたり、影ができていたりすることもあります。これは正面からちゃんと見えるためにわざと映像にひずみを付けているわけです。影も正面から見れば問題ありません。こうしたことを理解していない人が案外多いので、スポンサーなどには見る角度によって映像の見え方や影のできかたが違うことなどを十分、説明しておくことが必要です。
このほか、町田氏はプロジェクションマッピングを実施する上で必要な法規についての解説も行いました。例えば、高速道路から50m以内はプロジェクションマッピングを上映してはいけないことや、道路を横断するようなプロジェクションマッピングを行ってはいけないことです。プロジェクションマッピングは新しい技術であるため、特に法律には規制などは定められていません。そのため、屋外広告についての法規や基準がプロジェクションマッピングに援用されているのです。
●UC-win/Roadで設定体験
セミナーの後半は、受講者自らがパソコンを操作して、プロジェクションマッピングをシミュレーションする体験です。UC-win/Roadにはナント、プロジェクションマッピングの映像が建物にどのように映り、様々な視点から見えるのかをシミュレーションできる機能があるのです。
題材となったのは、東京・目黒区にある円融寺で2012年から毎年、行われている「除夜の鐘プロジェクションマッピング奉納」です。円融寺には、東京都区内最古の木造建築物、釈迦堂(以下、本堂)があります。この建物をスクリーンとして行うプロジェクションを、あたかも現地に行って計画するようにUC-win/Road上で体験しようというものです。
その内容はプロジェクターの設置位置や高さ、映像の映り方から、観客の位置による見え方の違い、そして観客の頭が映像に映り込まないようにするための客席の位置に至るまで、リアリティーあふれたものです。
ここから講師はフォーラムエイトVRサポートGroupの清水駿太氏にバトンタッチしました。まずはパソコン上でUC-win/Roadを立ち上げ、画面の拡大・縮小や3D空間内の移動、回転などの基本操作を確認しました。また、登録してあるカメラの位置に視点を移動する方法も学びました。
その後はいよいよ、UC-win/Roadの3D空間内で円融寺でのプロジェクションマッピングを再現する作業に移ります。既に用意されている円融寺の3Dモデルを開くと、表面には本堂の3Dモデルが配置されていました。これは普段の円融寺の姿を3Dで忠実に再現したものです。
▲UC-win/Roadで忠実に再現された円融寺の境内
続いてこの境内にプロジェクターを配置します。メニュー画面で「編集」→「モデルの配置」を選択すると、配置できるモデルの一覧が表示されます。その何かに樹木や地面、炎/煙などと並んで、ナント「プロジェクター」という項目がありました。これを選んでまずは本堂の正面に配置します。
▲本堂の正面に設置されたプロジェクターの3Dモデル
このプロジェクターのモデルは、外形だけでなく、所定の画角や方向にちゃんと動画を投影する機能も備えているのです。そのため、UC-win/Roadの3D空間内でプロジェクターのモデルを上下左右に動かすと、投影される映像もそれに従って移動します。建物や人などにプロジェクターの光が遮られた部分は、影になります。まるで本物のプロジェクターを円融寺の境内に持ち込み、実際に映写しているような感覚を味わえるリアリティー満点のプロジェクターモデルです。
▲プロジェクターの設定画面。画角や映写方向、明るさなどを細かく設定できる
▲UC-win/Road上に設置したプロジェクターで本堂に映像を映したところ
プロジェクターの設定画面を開いて、映像の垂直画角として20度、垂直角度として7度を入力します。これはあらかじめ計算しておいた値です。すると、本堂全体に映像がピッタリと映し出されました。
しかし、本堂の前には観客が集まりますので、プロジェクターは後方の高いところに設置しなければいけません。そこで今度はプロジェクターの位置を後方に移動し、映写角度を0度に設定しました。
そして立ち見の観客のモデルをプロジェクターの本堂の間に配置します。メニュー画面から「編集」→「モデルの配置」を選択し、「3Dモデル」の中にある立ち見客の3Dモデルを選び、配置します。先ほど、プロジェクターの位置を後退させたため、プロジェクターをオンにすると、立ち見客の背中にも映像が映れ、本堂に映った映像も建物より大きくなってしまいました。
▲立ち見客のモデルを設置したところ。背中にプロジェクションマッピングの映像が映っている
そこで垂直画角を5.5度と小さくすると元のように本堂いっぱいに映像が映し出されるようになりました。
それでも立ち見客の頭には映像が映っています。このとき、本堂に映る映像には頭の影が入ってしまうことになります。そこで立ち見客をどこまでバックさせればいいかを、UC-win/Road上で移動させながら検討しました。
続いて、座った観客をその前のスペースに入れます。先ほどと同様に、メニュー画面から座っている観客の3Dモデルを選び、立ち見客の前に配置します。座っている観客を頭の影が入らないギリギリの距離まで本堂に近づけてみました。そして立ち見客との距離をUC-win/Roadの機能で計測しました。
こうして座っている観客と立ち見客を入れる範囲を決めることができました。
▲映像の垂直画角を小さくし立ち見客を少しバックさせると立ち見客の影はなくなった
▲立ち見客の前に座った観客を配置したところ
▲UC-win/Road上でプロジェクターと観客の距離などを計測した例
最後に、観客からの視点でプロジェクションマッピングの画像がどのように見えるのかを、視点を移動させて確認します。本堂の映像には観客の頭の影は映りませんが、後ろの観客から見ると、前の客の頭が映像にかぶって見えます。しかし、映像の上の方はちゃんと見ることができます。こうして、できるだけ多くの人が、プロジェクションマッピングを楽しめるように、観客の配置や席数を決めることができました。
▲立ち見客からの見え方をシミュレーションしたところ
▲UC-win/Roadでプロジェクションマッピングのシミュレーションを行う受講者
●イエイリコメントと提案
道路や街並みの計画などで使われるUC-win/Road上で、本格的なプロジェクションマッピングをシミュレーションできること自体、私にとって大きな驚きでした。あらためてUC-win/Roadの活用範囲の幅広さを認識しました。
映像を建物に合わせて映写したり、高速道路などとの位置を法的にクリアしたりする計画から、プロジェクターや観客の配置、一度に鑑賞できる人数の検討までを、UC-win/Roadで行えることは、プロジェクションマッピングの実施に大きく役立つことでしょう。
UC-win/Roadがプロジェクションマッピングの計画に使えることを知らない人は、まだまだ多いことでしょう。プロジェクションマッピングをイベントとして街中で行うためには、人の導線計画や交通規制、渋滞防止など会場周辺の道路を含めた多角的な検討や計画を行うことが必要です。
そして今後、プロジェクションマッピングは、建築・土木関連のイベントとしてもますます欠かせないものになってくると思います。
UC-win/Roadがプロジェクションマッピングの計画や関係者との合意形成ツールとして認識されるようにすることで、UC-win/Roadによる「新規顧客開拓戦略」が実現されていくでしょう。フォーラムエイトでは、今後も3Dプロジェクションマッピング&VRセミナーを開催していくようですが、こうした機会を通じて新たな分野のユーザーを獲得していくことが期待できそうです。
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