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前回は、楢原氏のキャリアにおける転機のエピソードを紹介しました。今回は、情報システム技術利用の先見的なプロジェクトを発表してきた長倉威彦準教授をマサチューセッツ工科大学に訪ね、その取り組みについて取材。同氏がアドバイザーを務める全く新しいタイプのコンペ提案、「arcbazar」についても紹介します。

■著者プロフィール
楢原太郎氏(ニュージャージー工科大学 建築デザイン学部 准教授)は、米国マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学で学び、現在はニュージャージー工科大学で教鞭を執られています。大学教育の現状やコンピュータ、デザインなどの専門分野の動向などを現地からレポートいただく企画です。

Vol.7 Arcbazar建築の究極クラウド・ソーシング
長倉威彦教授を訪ねて

今回は研究室探訪と題して長倉威彦教授をマサチューセッツ工科大学にて取材する機会を得た。長倉準教授はComputation Groupと言う建築学部内でも情報システム技術利用に特化したグループの中心的人物として90年代初頭から専任教授として主に海外のSIGGRAPH等の学会で様々な先見的なプロジェクトを発表して来た。現在では比較的数少ない日本人教授として、既に現職でテニュアーを取り活躍している。Computation Groupは建築コンピューティング系の開祖的存在として海外で超有名なウィリアム・ミッチェル氏(William J. Mitchell)等が中心となって設立され、先端技術を利用してデザインに貢献する研究の場として生まれた。

ここの学生は設計演習の代わりにメディアラボのDIY系の授業で電子回路をいじったり、AIのコードをLispで書く授業を採って最終的に建築応用に還元されたソフトの雛形を提案したりしていて、学部間の垣根を取っ払った面白いプログラムを提供している。以下にその取材内容を記した。

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■未構築シリーズ、コルビジェのソビエトパレス
(Credit: Takehiko Nagakura & Shinsuke Baba)
■フォトグラメトリーにより写真からウェブ上でマウスで廻せる
3Dモデルとして蘇ったパラッディオのVilla Poiana
( http://cat2.mit.edu/palladio )

まずは「空間情報の視覚化」が長倉教授の一貫した研究テーマとしてあるだろう。氏は90年代から一連のUnbuild (未構築)シリーズで、著名建築家による計画案のみで終わった作品を当時としては格段に高いクオリティーの写実的な動画で視覚表現して来た。その代表作としては、コルビジェのソビエトパレスやタトリンの第三インターナショナル記念塔を映像化したものがある。またここ数年は複数の観測点から撮影された写真から三次元モデルを起すフォトグラメトリーの手法を用い、パラッディオの建築作品を現地で撮影した写真からWebGLを使ってブラウザー上でグルグル廻して閲覧できる三次元モデル情報として提供した作品群がある。

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■建設現場に持って行くと利用者の視点に合わせてリアルタイムに 完成予想図や空調設備のレイアウト
を見せてくれるディバイス

再近ではこれらの視覚情報をユーザーが如何に閲覧共有できるかと言う所に氏は注目している。今回は主にタブレット上でAR(Argumented Reality:拡張現実)の技術を使った作品を紹介して頂いた。一つはTYMERAMAと言う、梁や空調パイプの剥き出しの建設現場においてタブレットを空にかざして廻すと、利用者の視点に合わせて完成予想図が写り、現場をタブレットを持って歩くと仕上材や家具も置かれた空間を体感できると言うもの。実際に彼自身の最近改装された研究室の設計もこのツールを使い設計調整を行ったそうである。ツールはボタン一つで完成図から仕上材を除いて空調関係や躯体系の情報だけを見せたり様々な空間の読み方が出来るのでBIM情報を直感に訴える形で表現できる。

次のMULTIRAMAは建築を美術館等の展示として体感してもらうシステムで3Dプリンターで作られた建築の部分模型をタブレットを通して見ると欠けていた半分の部分の立体像が浮き上る。そしてタブレット上の各種ボタンを押すと、フォトグラメトリーの三次元写真、平面図、構造部材、敷地の衛星写真等、表示内容が入れ替わる。

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■拡張現実の技術をタブレット上で用い、様々な建築に関係した情報をインタラクティブに展示できるシステム、MULTIRAMA。

これらのプロジェクトの延長上の長期的な目標としては、全ての情報が一つの端末で集約して見れるような統合環境の構築がある。建築空間を媒体として様々な情報をブラウズ(探索閲覧)出来るようなディバイスの開発である。空間を取り巻く情報としては、BIMでモデリングされた三次元モデルの他、写真、ビデオ、更にはツイッターやフェイスブックから寄せられる耳寄りな情報など様々である。これらの情報がスーパーインポーズされ全て一つのディバイス上で見れるようにするのが目標であり、利用者のターゲットとしては建築家のみならず、施設管理 (ファシリティーマネージメント)、歴史的環境保全や考古学、様々なデザインや観光客対象のインタラクティブなサービス等に関わる専門家達を含み、応用範囲は極めて広い。

前述Computation Group設立の背景には当時のサイバネティクスやAIの文化が反映していると言え、建築においても究極は機械によるデザイン設計の自動化が挙げられて来た。詳細は省くが教授も長期的な研究者の最終目標としてこれを挙げていた。氏を含めたこのグループの特徴としてデジタルツールを単に絵筆の代わりに使うと言うよりは、創発的システムそのものの開発に繋げて行こうと言う姿勢が顕著であり、それがジェネラティブ・デザインやシェイプ・グラマーが盛んな故である様だ。私事で恐縮だが、著者もこのグループに所属し教授には指導教官に成って頂いた経緯があり、氏が卓越した指導者である事も個人的に付け加えたい。


建築の究極クラウド・ソーシング建築家エリート主導システムの破壊!


次に紹介頂いたのは、氏が3年前からアドバイザーとして進めている全く新しいタイプのコンペの形態の提案、ウェブサイト「arcbazar」(建築のバザール)についてである。これは一般の人が誰でも参加できるもので、例えばマイホーム所有者がバスルームを改装する時に、通例であれば工務店にお願いしてそれで終わるのが一般的だが、このサイトにお願いすると常時登録されて待機している世界中の建築家(現在700人程度)を募って即時コンペを開催し、アイディアを募集してくれると言うシステムだ。通常であればとても設計競技には発展しない様な一般家庭の改築改装リノベーションやごく普通の一軒家の設計が、どんな物でも世界中の建築家を巻き込んでウェブ上でコンペに化けてしまうという凄い企画である。貴方のトイレの内装がフランスの一流デザイナーによって設計されなおす事も有り得るわけである。

既にArcbazarのサイト上の世界地図マップでは、過去3年間に千件以上もの世界各国の施主の要望で開催されたコンペとその結果が閲覧できる様になっている。一般の施主(ホーム・オーナー)がコンペを開催して貰うには一応、千ドル(約10万円)程度を目安に支払い、その資金の9割が世界中の登録建築家達のコンペ賞金へと廻され、残りがサイト運営に使われている。コンペの募集期間等も施主の意思で設定され一般的な物件であれば4週間程度から最短では3日と様々であり、短いものだと市場原理が働き賞金も上がったりする。教授曰く、現在世界中で進行中の無数の建設プロジェクトの中で、実際に建築家が依頼されて携わっているプロジェクトと言うのは半数以下であり、何兆円と言うプロジェクトが建築家を経ずに行われている。それを全て建築家を通す様にすれば、巨大なマーケットに発展すると言うのが氏の発想である。

また日本でも施主に建築家を仲介する登録サイトのサービスは既に存在するが、Arcbazarで違うのはコンペ形式を採用してる点だ。単なる一部のグループの営利目的の為に存在するのではなく、オーナー主導でコンペが開催され、オーナーによって選ばれた案が採用されると言う、不透明感ゼロの仕組みが魅力である。

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■一般のホーム・オーナーが既に登録された数百人の建築家を募って自分の家の改装等の設計を競う コンペを開催し
てくるサービス。
既に千件を超える設計競技が開催されウェブ上のマップから結果が閲覧可能。
ウェブサイト Arcbazar(http://www.arcbazar.com)

このシステムの最も革新的な点はコンペの審査をオーナーである施主が行う点である。通常のコンペであればどこかの有名建築家を呼んで来てどっちが良いとか言わせるのが定番だが、ここでは建築家エリートの作る幻想の建築価値観を全て消し去ってオーナーが主導で決める。仮に有名建築家のザハ・ハディトが斬新な流線型で予算オーバーの巨大な風呂桶のデザインをマイホームに売り込んで来ても、余計な建築家や審査員同士の政治的駆け引きに左右される事なく、貴方の一言で却下できる仕組みなのだ。
現在は米国のマイホーム所有者相手が主だが、氏はアジア方面、中国や日本の公共事業にもこの形式を後々発展させて行ければと考えており、市が運営している公園のトイレの改修から始まって野球場の柵の張替えに至るまで、これまでコンペとして成立不可能であった物件までもが全部コンペになり、どこかの大学の先生を審査員として引っ張ってくる代わりに、市民が投票できるようにする事でパブリック・デシジョンによる完全にグローバル化された市民参加型デザイン産業の可能性を提示している。

また、不動産絡みの大型事業のプロポーサル等もこの方式を採用すれば何百という多様な設計案がたちどころに集まり、建築のクラウド・ソーシングが可能で、新しい建築設計産業のあり方を追及している。氏曰く「これはエリート建築家によって支配されて来た建築観のようなものをグローバリズムによって平坦にするもので、ある意味で破壊的な、もの凄く建築家に嫌われそうなプロジェクト」だそうである。最後に教授からの直々のメッセージで「是非、日本の若い建築家の皆さんもarcbazar.comに登録してください!」との事。




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