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「西日本構造解析研究会」における退官記念講演会


 幾何学的非線形構造解析法における有限要素法の功罪
   

佐賀大学 後藤茂男

1.まえがき

 わが国における構造解析の分野に、有限要素法が取り入れられるようになってすでに久しいが、土木工学の分野では、それ以前、すでに骨組構造に対しては、たわみ角法を起源とした変位法(当時は変形法と呼ばれていた)が定着しており、当時の計算センター各社の大型計算機の利用を前提としたマトリックス構造解析法のプログラムの開発も盛んに行われていた。

  しかしながら、有限要素法が本来の連続体のみでなく骨組構造を含めた有限要素構造全体に対する汎用理論として喧伝され普及するに従い、微小変位理論のはり要素に対してさえ、初等構造力学における断面力の概念と部材座標系における独立な部材力式からの座標変換による共通座標系に関する剛性方程式の定式化という既得の知識の延長としての身近な変形法の手法に代わり、ひずみと変位の関係式と要素内変位の多項式による補間から説き起こす有限要素法の手法を用いる参考書なども一般的なものとなってきた。

 さらに、幾何学的非線形解析においては、その傾向は加速され、要素内でのひずみと変位の関係式として非線形項を付加した Green-Lagrange のひずみテンソルを用いる有限要素法の拡張理論が一般的な手法として位置づけられ、土木工学ハンドブックや有限要素法ハンドブックなどにも採りり上げられている。

 このように有限要素法が、骨組構造も含めての汎用理論として位置づけされたのとは逆に、土木工学で定着していた変形法を有限要素構造に対する汎用理論へと発展させることも可能であり、またその方が現在の難解すぎる幾何学的非線形解析法の輩出もなく、より簡明で実用的かつ高精度な汎用解析理論への展開と普及が容易ではなかったかと考えられる。

 本論文は、これらの根拠と一般的な有限要素法による幾何学的非線形解析法の問題点を、変形法の拡張理論として筆者らが提唱してきた要素剛性分離の手法による接線剛性法と対応させながら考察、検証するものである。

2.要素剛性分離の手法による接線剛性方程式と接線剛性法の汎用性

 接線剛性法のための要素剛性分離の手法と有限要素法の比較の論拠の基本を明確にするため、周知の変形法の理論を示しておくことにする。

 有限要素構造物を構成する単一要素を取り出し、これに静定で安定な支点拘束条件を設定し、無拘束方向の節点力と対応する変位の組み合わせを要素力と要素変形と定義し(要素座標系の設定)、その関係式を要素力式あるいは要素力剛性方程式と呼ぶことにする。
   

 この必要最少限の要素力式は、要素内荷重が作用しない場合の要素の可能な応力・ひずみ状態を表し得るものである.

 要素には、他の要素と連結して全体構造系を構成するための複数の節点(要素端)があり、それらの節点に作用する共通座標系方向の節点力と要素力との関係を求める。

  平衡条件式  U=αS ………………………………………………………………………… (2)

           U:要素端における作用力の共通座標系方向の成分によるベクトル
            α:要素力を要素端節点力へと変換する要素座標系の共通座標系に関する方向余
             弦等から構成されるマトリックス

 Uに対応する節点変位ベクトルuと要素変形ベクトルの関係式すなわち適合条件式はαの転置マトリックスを用いて
  
となることから、共通座標系に関する要素の節点力と節点変位との関係すなわち剛性方程式が次式のように得られる。


 すなわち、これを全要素について適用し、重ね合わせることによって全体構造系の剛性方程式が得られることになる。

 有限要素法では、応力・ひずみ関係からひずみと変位の適合条件、変位関数の設定と要素内積分を用いて、要素力式、平衡条件式を経由せずに直接剛性方程式が導かれる場合が多く、変形法でも直接、共通座標系に関する剛性方程式を示す教科書もあるが、ここでは要素力と要素変形の設定という過程を省略しないことがきわめて重要である。

 以上の式(1)から(4)に至る変位法の拡張理論としての接線剛性法のための要素剛性分離の手法では、式(2)を先行状態における平衡条件式とすることから出発する。
  先行平衡状態からの変動を考えるために、式(2)を微分すれば

    

となり、中辺第1項は要素力剛性に関する接線剛性マトリックス、第2項は接線幾何剛性マトリックスを導き

    

あるいは、微小増分記号dに対して有限増分記号凾用い、先行状態における要素力Sを一定として


が成立する。 ここで式(5)からの全体構造系に関する接線剛性方程式を

    

として、接線剛性法は、初期平衡状態の荷重ベクトルU=U0 に新たに付加する荷重ベクトル凾tを初期不平衡力として荷重項dUと置き、以下の過程をたどることになる。

  1. dUを与えて全体構造系に対する接線剛性方程式を解き得られた変位増分より変位凾普∞凾普{du を求める。
  2. 全節点の座標値、回転量などを修正し、厳密な適合条件を用いて要素変形を算出する。
  3. 要素変形から設定した要素力式に忠実に要素力を求め、共通座標系に関する要素の新しい変形状態に従って作用する要素端力の合力として全節点の作用節点力U1を求める。
  4. 以上の状態の構造系と作用節点力U1を新たな先行状態として不平衡力
     dU=U+凾t−U1 を求める。
  5. 不平衡力の最大値が許容値以上の場合、新たな先行状態における座標値、要素力を用いて接線剛性マトリックスを求め1)以下の過程を反復する。
 すなわち、この反復過程は次式によって表すことができる。
  
 また、次の図−0 は、接線剛性法の反復概念を表すものであり、これにより本反復手法の収束過程を説明すれば以下のようになる。


図−0 接線剛性法の収束概念図

 第1象限における変位と荷重の厳密な関係を表す非線形の剛性方程式は、本手法では与えられておらず、ここでは点線で示しておく。

 第2象限は共通座標系に関する節点変位凾浮謔闃e要素固有の要素座標系に関する要素変形凾唐求める適合条件式、第3象限は要素変形から対応する要素力凾rを求める要素力式、さらに第4象限は各節点に集まる要素の要素力から変形後の形状を考慮した座標変換により算出される節点力としての荷重を求める平衡条件式を表すものとする。

 原点 O は既知の平衡状態で、接線剛性法の反復手法は、まず与えられた荷重増分としての節点力凾t(Qで示す)に対してO点を先行状態とする接線剛性方程式を解き凾浮Pを得る(O→A→B)。
  この変位凾浮P に対して適合条件式により要素変形冱1、次に要素力式により要素力凾r1さらに平衡条件式を用いて、その変位状態を発生せしめる厳密な荷重状態としての凾t1を計算することにより(B→C→D→E)新しい平衡状態Fを設定する事ができる。

 もちろん、この状態はまだ目的の状態とは異なり、与えられた荷重凾t に対してdU2=凾t-凾t1 :(Q−E)の不平衡力が存在する。 したがって、この状態Fを先行状態とする接線剛性方程式(F→G)を用いてdU2に対する解du2 :(H−B)を求め、新しい変位 凾浮Q =凾浮P+du2 よりH→I→J→Kとして凾浮Qを満足せしめる荷重状態Kが得られ、次の先行状態としてLの設定が可能となる。

 したがって、この状態 Fを先行状態とする接線剛性方程式(F→G)を用いてdU2に対する解du2 :(H−B)を求め、新しい変位 凾浮Q =凾浮P+du2 よりH→I→J→Kとして凾浮Qを満足せしめる荷重状態Kが得られ、次の先行状態としてLの設定が可能となる.

 以下これを反復することにより、O→F→L…→Z と無限にZに近づけることができる.

 要するに接線剛性法は、力学的に簡明な接線剛性方程式の定式化に加え、非線形の剛性方程式を使用しない数学的には Newton-Raphson 法と等価な反復手法であり、接線剛性方程式の定式過程と整合する要素変形、要素力の算出など、1)〜5)に示した手順が一体となってその効果を発揮するものであり、剛体変位を拘束された単体の構造系としての全挙動を規定する要素力式に従う要素によって構成された全体構造系の厳密解を与える。

 したがって、構造物の変形挙動の真の解としての曲線形状と、接線剛性法による収束解による形状との差は、たとえば平面骨組み構造の場合、要素力式に通常のはり、柱の微分方程式の解を用いた場合には、節点間の真の曲線形状を両端の位置と回転を一致させて要素力式の解が取り得る解析曲線で近似させた場合の曲線長の比と1との差が誤差の目安となることが確かめられている。

 また、変位制御による解析においても、強制変位を与える節点に、その変位の方向のみを拘束する支点条件を与え、まず、1)において、剛性方程式は解かずに拘束方向の変位のみを所定の変位量とし他は0としたものを変位ベクトルとして 2) 以降の手順をたどればよく剛性マトリックスには、支点条件のほか特別な操作を加える必要はない。

 さらに、反復に際しての初期近似値の設定とか、付加荷重が大きすぎるための分割増分毎の載荷とかの必要はなく、無応力状態からいわゆる弾性座屈近傍の不安定領域となるような荷重増分を一括載荷しても解が存在すればその解へ、また複数の解がある場合にはいづれかの解へ確実に収束する。

 ここで示した接線剛性法の平衡条件式(2) 以降の理論展開は、要素の節点の個数とその種類(剛節か滑節か)によって統一され、直線棒要素とか、曲面シェル要素あるいは立体ブロック要素といった、要素自体の種類とは完全に無関係となり、構造物の幾何学的非線形解析にとって最重要な要素変形と節点変位の適合条件の非線形性に起因する厳密な接線幾何剛性を統一的に定式化し得る。
 たとえば、4節点剛節4面体要素と4節点剛節曲面シェル要素も全く同一の接線幾何剛性として定式化することができ、これらのことからも変形法の延長にある本手法が、有限要素法以上に骨組構造に限定されない、有限要素構造における幾何学的非線形解析の汎用理論としてきわめて有用であることが理解されよう。

 なお、以上のような接線剛性法的分類によりモデル化された有限要素の要素力式は、一般的には、既述のように要素に静定で安定な支点条件を設定、その要素に固定された要素座標系に関する無拘束方向の節点力とその対応変位の組合わせ、立体多節点滑節要素の場合には、全節点を連結する内的に静定な仮想トラス骨組を想定し、その部材力と部材の伸縮量との組合わせなど、要素内の応力・ひずみ状態を定める剛体変位に影響されない要素力と要素変形間の関係式として、各要素の種類に応じた理論による定式化として研究されることとなり、連続体からの有限要素モデルなど、ここで本来の有限要素法の理論が展開されるところであろう。

 このように、要素力式は、最も効果的に剛体変位を除去しての選定が可能なため、要素分割が適当であれば、微小変位理論を用いても実用上十分な精度の解が得られ、また分割をさらに密にすることにより誤差を激減させることが可能である。

 さらに特筆すべきことは、本手法における接線幾何剛性は、要素剛性から完全に分離独立して存在するものであり、このことから、要素剛性を持たず幾何剛性のみの要素からなる構造系を想定する事により、2次元幾何剛性要素、あるいは四面体幾何剛性要素による石鹸膜構造系、1次元幾何剛性要素による軸力線構造など、分布張力や軸方向力のみの釣り合い系の解析も可能となり、大空間膜構造や曲線格子ドームの形状決定解析にも適用し得るということである。

3.有限要素法による直線棒要素の幾何剛性マトリックス

 有限要素法による幾何学的非線形解析理論に関しては、数多くの研究がなされており、これらを総括して論じることは不可能であるが、海外において、多くの研究者が解析理論の展開の基礎とし、いわば正統的と見なされ、わが国でも土木工学ハンドブックや有限要素法ハンドブックなどにも示されている理論を用いた直線棒要素の幾何剛性マトリックスの定式化について考える。

 一般的には有限要素内でのひずみと変位の関係式を非線形項を付加した Green-Lagrange のひずみテンソルで設定、要素内の応力や変位を多項式で補間し、仮想内部仕事の要素内積分により接線剛性マトリックスkTを導く。

 kTはひずみテンソルの非線形項に起因する幾何剛性マトリックスkGと微小変位理論としてのマトリックスk0の和として表示されるが、一般にkTおよびkGは陽な形で厳密に表すことはできない。

 直線棒要素に関しては、図−1に示すような、変位前の要素の状態を水平として、断面内の着目点の変位は、中立軸の水平変位を1次関数、垂直変位を3次関数と仮定すれば次式が得られる。

 軸方向ひずみと変位は、有限変位のひずみテンソルより

となるが、右辺第2項は、その微小性と垂直変位がない場合のはりの軸方向変位との整合性から省略される場合も多い。すなわち、εを線形ひずみεLと非線形ひずみεNにわけて次式を用いる。

 したがって、非線形ひずみは、垂直変位の変位勾配dによってのみ表示されることになる。
ここで、変位勾配は

となる。
 線形ひずみによる仮想仕事式は微小変位理論による剛性マトリックスを、非線形ひずみと先行状態における応力σ0による仮想仕事式は接線幾何剛性マトリックスkGを導くことになり

が成立する。
 先行状態における応力σ0は曲げモーメントをM、軸方向力をNとすれば

であり、二重積分において,断面内、中立軸に関する積分 ∫dA=A、∫ydA=0 を考え

として接線幾何剛性マトリックスを求めることができる。
 BTBは、6行6列の対称マトリックスであり、そのij要素をBijとして、その非零要素を求めれば次のようになる。

4.接線剛性法のための要素剛性分離の手法による2節点要素の接線幾何剛性マトリックス

 有限要素法との比較・考察のため、要素剛性分離の手法による2節点要素の接線剛性方程式について考える。この場合の接線幾何剛性マトリックスは力の釣合と適合条件の幾何学的考察のみからでも容易に定式化できることに注目されたい。 接線剛性法では、まず要素内の応力とひずみの分布状態を規定することのできる要素端(接続節点)に関する独立な要素端力と対応する変位の組合わせを要素力と要素変形として設定しなければならない。すなわち、要素に静定で安定な支点条件を考え、支点反力を除く節点力とそれに対応する節点変位の組み合わせであり、2節点要素の場合、図−2のように要素座標系として (b)単純ばり座標系と(C)片持ちばり座標系による組み合わせが考えられる。

 しかしながら、(b)を用いた場合には、その収束解の精度が要素分割数を2倍にした(c)の場合と同等となり、明らかに(c)より有利である。
  したがって、ここでは、単純ばり座標系を採用することにする。
 前述のように本手法によれば、要素は、通常の有限要素法の手法による場合のように直線である必要もなく、平面2節点要素であれば何でもよい。

 すなわち、要素力ベクトルを

として、要素の共通座標系に関する、要素端の節点力への変換式(平衡条件式)を求める。

弦長をL、共通座標系に関する弦1→2の方向余弦をα、βとすれば


のように表され、中辺第1項は要素力剛性に関する接線剛性マトリックス、第2項は接線幾何剛性マトリックスを導く。
 共通座標系に関する弦長の水平成分をx、垂直成分をyとすれば


となり、したがって  μ=N/L  ν=Q/L  とおいて



が得られる。また、要素端の並進変位の微分量と弦の投影成分の変化との関係は


である。以上により、dUに対応する要素端の節点変位の増分duに対する接線幾何剛性マトリックスが次のように得られる。



5.変形法の延長理論としての簡単な幾何学的考察によって得られる2節点要素の幾何剛性

 上記の接線幾何剛性マトリックスは、また以下のような簡単な考察によっても容易に導くことができる。 変形後の2節点要素を平行移動して一端を変形前と一致させ他端の弦方向およびその直角方向の要素端力、および共通座標系に関する要素端変位を図のように定める。



 変形後における要素力において、先行状態ですでに先行荷重と釣り合っていた成分を除去して、新たな荷重増分と釣り合うべき共通座標系方向の成分の簡単な幾何学的考察により、剛性方程式における最も重要な幾何剛性部分を定式化する。

 α、βを水平および垂直座標軸に対する先行状態の弦の方向余弦とすれば、2次以上の変位を省略して

が成立する。
 変形後における要素端において、新たに釣合を考慮すべき変形前の弦方向およびその直角方向の成分は、すでに釣合っているN,Qを差し引いて


となり、凾mはそのまま、弦長変化に対する要素力式により要素力剛性を表す項へと変換されるが、凾pは端モーメントM(両端のモーメントを代表させる)の関数となるので
のように、曲げに関する要素力式と幾何剛性部分に変換される。

 したがって、変形前の弦方向およびその直角方向の成分における、要素力増分凾m、凾lに関する項を除いた先行要素力を含む幾何剛性項を凾mG、凾pG とおけば

となり、共通座標系の要素端力増分において要素力剛性部分を除いた幾何剛性に関与する項は

のように表される。ここに、μ、νは以下のように置いたものである。

 すなわち、係数マトリックスは、接線幾何剛性としては、上式において凾m、凾pを省略すればよく、結局、式(64)と全く同じものが得られたことになる。
 μ、νの中の凾m、凾pを非線形項として、単純な反復計算により解を求める手法もあり、大部分の構造解析において、実用上は、十分な精度の解が得られ、これは吊橋の弾性理論に対するたわみ理論の活荷重水平力凾gを反復代入して解を得る手法に相当する。

6.両理論による幾何剛性マトリックスの比較と考察

と接線剛性法のための要素剛性分離の手法により得られた式(65)との比較のため先行状態の要素の弦を水平とする。 すなわち α=1 β=0  とすればと接線剛性法のための要素剛性分離の手法により得られた式(65)との比較のため先行状態の要素の弦を水平とする。
 すなわち  α=1 β=0  とすれば

となり、この方が単純ではあるが、式(45)にはないせん断力の項が存在する。
 接線剛性法方程式

において、接線剛性法と有限要素法における顕著な相違点は

である。すなわち、接線剛性法におけるkGは要素の種類には全く無関係であり2節点要素という制約以外には拘束されないきわめて汎用性のあるものでり、当然、要素力式における非線形性はk0中含まれる。 したがって、両者を対等の条件で比較するためには、要素を直線棒部材に限定して、その要素力式(部材力式)の非線形性に起因するk0中の幾何剛性をkGに加えてやる必要がある。 先行状態における簡単な接線要素力式として

を用い、双曲線関数または三角関数となるa、bを級数展開してNの2次以上の項を省略すれば
 
とおいて、これの幾何剛性項を接線剛性法のkGに加えkGとすれば次式が得られる。

 式(45),(66),(74)を比較することにより、有限要素法の幾何剛性マトリックスに含まれる本来要素力剛性に起因する部分は次式で表されることがわかる。

 しかしながら、これらは、要素の細分化により急激にその影響が減少するものであり、残りの部分の要素の細分化に左右されない、構造解析における本質的な幾何学的非線形効果を表すマトリックスは

のように、きわめて単純なものであり、最初から要素剛性を分離した、簡明な定式化による接線剛性法などの場合と比べれば、ここでせん断力による項が欠落していることがわかる。
 また、kG0も、最も単純な軸方向力を受ける単純ばりの解からの幾何剛性成分と等価であり、有限要素法では、必ずしも厳密とは言えない両者が混交して、直線棒部材として限定された構造要素専用の幾何剛性マトリックスを構成していることになる。

 要するに、このような一般的な有限要素法の手法による、ひずみテンソルの非線形項からの幾何剛性項の定式化においては、さらに厳密な考察によって高精度化を目指しても、それは、要素の細分化により、その影響が激減する剛体変位を拘束された要素の挙動を記述する要素力式を補完しようとすることに他ならない。

7.接線剛性法による計算例と幾何剛性項Q/Lの省略が解の収束性に及ぼす影響

 ここでは、接線剛性法の高精度、高収束性かつ使い易さを示すための計算例と、ハンドブック等に示されている式(45) に見られるQ/Lの省略が、解の収束性に及ぼす影響を接線剛性法の手法により確認する。

図−7 不平衡力のある各反復段階の解と収束2重円
 図のはりの左端にはりを2重円とした場合の曲率に対応する端トルクを一時に作用させる。
 解は、42回の反復で収束し、図−7、に収束解と収束までの各反復回数ごとのの不平衡力がある状態の解を重ね合わせたものを示す。
 収束解の左端の変位は右端と完全に重なり、回転変位は 4πと一致、収束円の半径は、理論値 5/(2π)に対して 0.999797 の精度となるが、これは分割部分L/16 の曲線を円弧とした場合と放物線とした場合の弦長の比に等しくなっている。
 完全収束まで42回を要し、図−8 に、収束までの不平衡力の推移を示す。
 上部が最大不平衡力、下部が最大不平衡モーメントの合力を各反復過程毎、対数目盛で表示したものである。次に、2重円の平衡状態から単純支持端の地盤を要素端力を保持したまま変位制御により4m下方へずらした場合の解を求める。
 図−9 は、2重円平衡状態に強制変位を与えたもの、すなわち要素12のみが変形し、その1点の垂直位置を下方4mとしたもので先行状態となるもの、および、収束までの解の重ね合わせと最終変形を示したものである。この場合は15回で収束し、表−1 は収束までの反復回数と最大不平衡力の値 (tf,tfm)、図−10 はその推移を図示したものである。

図−8 2重円収束までの最大不平衡力の推移

図−9 垂直強制変位の場合の先行状態と各反復段階および収束状態

図−10 垂直強制変位の場合の最大不平衡力の推移
 つぎは、さらに点1に強制変位左方へ5mを与える。すなわち、水平可動であった点1をピン固定に支点条件を変更して、要素12の1点のみを右端を原点として右へ5m、下へ4mの座標値を与えたものが先行状態となる。
図−11に、この場合の先行状態と収束形状、図−12に収束までの解の重ね合わせ、図−13に不平衡力の推移を示す。


図−11 水平強制変位の場合の先行形状と収束形状


図−12 水平強制変位の場合の各反復段階の解

 有限要素法による幾何剛性の定式化において、すでに指摘したように、ハンドブック等に見られるせん断力(厳密には、弦と直角方向の要素端力)による項Q/Lの欠如があるが、これが解に与える影響の実例について考察する。

 既述のように、この項は要素力式の幾何学的非線形性とは、無関係な、要素変形と節点変位の適合条件の非線形性に起因するもので、変形後の力の釣合を考慮する変形法の簡単な幾何学的考察からも得られる接線剛性法での重要な幾何剛性項であり、その解析プログラムにおいてこれを省略した場合の収束状況について調べてみた。

図−13 水平強制変位の場合の最大不平衡力の推移
 図−14、15は、接線剛性法により、頂点の垂直荷重(5000tf)による下端を固定された円環の押しつぶし過程を示したものであり、9回の反復で収束するが、Q/Lを省略すれば一旦は収束の傾向を示すものの不平衡力が完全に収束しきれずやがて発散し2度と収束しなくなる。

図−14 円環の押しつぶし過程反復段階

図−15 円環押しつぶし収束形状
 
 表−3、4 に接線剛性法の場合とQ/Lを省略した場合の各反復段階ごとの最大不平衡力を示す。
図−16、17は、それらの収束及び発散過程の図化である。

 以上は、大きな荷重の1ステップ載荷による、大変形挙動の場合であったが、通常の荷重や分割載荷の場合には、有意差は見られない場合が多い。もちろん大変形挙動の場合にもQ/Lを省略する有限要素法の幾何剛性を用いても収束することもある。

 図−18、19は最初のはりの左端に水平力 3700tf、トルク 500tfm を作用させた場合のQ/L非省略、省略の場合の各反復段階の解の重複図であり、後者は収束しないので71回で打ち切ったものである。図−20は、前者の収束形状、図−21、22に最大不平衡力の推移を示す。

 図−16 最大不平衡力の収束までの推移

図−17 最大不平衡力の発散への推移

図−18 接線剛性法による各反復段階の解(反復回数36)

図−19 有限要素法による各反復段階の解(収束しないので反復回数71で打ち切り)

図−20 接線剛性法の場合の収束形状

図−21 最大不平衡力の推移(接線剛性法)

図−22 最大不平衡力の推移(有限要素法)
 なお、このはりを10分割として、水平力を5000tf、トルクを500tfmとした場合には、接線剛性法と有限要素法とでそれぞれ異なった解へと収束する。異なった解ではあるがどちらも正しい釣り合い形状をあらわす有意な解である。(図−23〜26)

 前者は、19回で完全収束(不平衡力0)するのに対し、後者は71回で許容値以下(0.0008)となり、収束性が極端に低下する。(図−27,28)

 このことは接線剛性法における適合条件の非線形性に起因する簡単な接線幾何剛性が接線剛性としての理論値に厳密に整合していることを意味し、簡単な考察による要素力剛性から分離された、接線幾何剛性マトリックスが、難解な有限要素法の手法により得られる幾何剛性よりも高精度な汎用理論であることの証左であると云える。

図−23 接線剛性法による各反復段階の解(反復回数19)

図−24 同上の収束形状

図−25 有限要素法による各反復段階の解(反復回数71)

図−26 同上の収束形状

図−27 接線剛性法の場合の不平衡力の推移  図−28 有限要素法の場合の不平衡力の推移

8.有限要素法による幾何学的非線形解析法の問題点

 一般的な有限要素法の手法による幾何学的非線形解析においては、接線剛性法のように最も効果的に要素変形の幾何学的非線形性を小とする要素座標系と要素力式の設定という過程を経ないため、幾何剛性マトリックスの定式化において、要素細分化によりその影響が激減する、要素力式に相当する部分の非線形性項が、剛体変位の非線形性に関わる項と分離されずに混在する結果となる。

  このことは、必然的に対象とする要素ごとの、たとえば4節点曲面要素あるいは立体4面体要素それぞれの場合ごとの剛性方程式の定式化のための非線形理論が必要となり、接線剛性法のように、最も重要な非線形挙動に関わる要素剛性から分離された接線幾何剛性マトリックスが前二例に共通となるという汎用性、さらに先行要素力の簡単な関数での厳密な定式化という理論的単純明解さに欠ける原因となっている。

 非線形構造解析の難しさは、参考書や諸文献で指摘されている通りであるが、ここで取り上げたハンドブック等の参考書にみられる有限要素法の場合には、剛性マトリックスの定式化と独立して、非線形方程式の数種の解法が言及され、その選択は利用者の判断に委ねられている。
 接線剛性法の場合には、接線剛性方程式は、前述のような一連の手順と一体となって理論が完結するものであり、その構成においてのみ、単純明解な理論でありながら他の手法には見られない極端な大変形挙動に対する確実な収束性と高精度解としての信頼性が保証されている。

 すなわち、非線形構造解析法は、接線剛性方程式あるいは非線形剛性方程式に至る理論の展開だけでなく、得られた解式から信頼性のある解を得るための手順を含めた手法として評価がなされるべきであると考える。
 この両者が必ずしも一体となって論じられていないということが、適用範囲の制約、解の精度の限界、収束性、プログラムの使用上の難解さなど非線形解析に付随する常識として一般に認識されている問題点の原因となっているのではないだろうか。

有限要素法の棒要素への適用について考えれば、連続弾性体に関するひずみ・変位式を、線材に適用、その非線形成分導入の厳密性を高精度と同義とする多くの幾何学的非線形解析理論が研究されている。

 しかしながら、線状にモデル化された弾性棒要素は、もはや2次元弾性体における変位場とは無関係となり、単純に軸方向力に対する伸びひずみ、曲げモーメントに対する曲率の変化という初等構造力学で馴染んだ力学量間の関係式が厳密に成立する。

 本来、 Green-Lagrange のひずみテンソルは、連続弾性体中の微小線分の変形テンソル∇uを対称成分と非対称成分に分解した場合、非対称テンソル rot.u は微小変位の場合の線分の無伸縮回転を意味し、したがって、残りの対称テンソルは、ひずみを表すと考えることができるのでひずみテンソルと称され、微小変位の場合対角要素と非対角要素の2倍は工学直ひずみと工学せん断ひずみに等しくなる。

  このようなひずみテンソルの非線形性に立脚する以上、細部の省略のない、如何に高精度な理論を展開したとしても、前述のような線材としての軸方向力と曲げの伸びと曲率に関する厳密な関係式による要素力剛性を式(65)のkG に加える接線剛性法の精度には及ばず、また、その結果による難解で煩雑な部分は、要素の細分化により影響は激減しするものであり、より本質的な要素変形と節点変位の適合条件の非線形性に起因する汎用性のある接線幾何剛性は4、5章で示したように、一切のひずみ・変位関係式には無関係に厳密に定式化されるものであり、この意味において、多くの幾何学的非線形解析法が、精度的に問題のあるひずみテンソルに固執する理由が見あたらない。

9.結言

 Green-Lagrange のひずみテンソルに基礎を置く有限要素法による幾何学的非線形解法と変形法の拡張理論としての幾何学的非線形解法を著者らの提唱する接線剛性法で代表させ、両解法の汎用性、精度、収束性に関して計算例を加えて考察、検証した結果、以下の結論が得られた。
  1. 有限要素法の幾何剛性は、要素力剛性による項が剛体変位に関わる明解に定式化可能な部分と分離されずに混在し、弦に垂直な要素端力に関する項が省略されている。
  2. 上記の欠落項の影響は、荷重分割によらない強非線形挙動の解析の場合に収束性が悪化したり、発散したりすることがある。
  3.  有限要素法では要素の種類ごとの幾何剛性の定式化が必要であるが、接線剛性法は要素の種類に無関係に、2節点要素、多節点要素および剛節または滑節という分類によるはるかに汎用性のある定式化が可能である。
  4. 有限要素法に比べ接線剛性法による定式化は、単純明解であり、得られる接線剛性方程式を要素力式と整合させ仮定(どんな特性の要素を用いるのか)に忠実な厳密解が得られる。
  5. ひずみテンソルの非線形性を厳密に評価して定式化しても、要素分割によりその影響が激減する要素力式の非線形性の補完と同じことであり、線材としてのはり・柱の微分方程式からの要素力式と接線剛性法の幾何剛性とによる精度と高収束性には及ばない。 

 すなわち、非線形のひずみ・変位関係式からの有限要素法は、接線剛性法で設定した要素力式の棒材以外の有限要素に関する定式化においてその特徴を発揮させるべきであり、導入時の汎用解析理論としての過度の認識から、要素力式を経ずに、剛体変位を含めた剛性方程式への直接定式化が上記の問題点の主要な原因であるといえよう。 要するに、変形法が汎用構造解析理論として全体を包括し、有限要素法は部分的な要素力式の解明、定式化のための理論として位置づける方が解の精度と高収束性に大きく寄与するものと考えることができる。
 また、第5章で述べた変形後の力の釣合から誘導した幾何剛性のように元来μ、νには凾m、凾pの未定項が含まれ、これを反復収束させるさらに簡単な非線形解法も存在し、この手法は、数回の反復で収束し、絶対に発散することはなく、実用上十分な精度となる場合が多い。
 この手法は、吊橋の弾性理論に対する厳密解法とされていたたわみ理論に相当する解法であり、理解が容易で使い勝手の良い理論であるにもかかわらず、民間での自社向きの手法として用いられるに止まり、変形法による高精度の解析法同様一般には定着し得ず、幾何学的非線形解析理論は、ひずみ・変位関係式の非線形性の厳密な考察による難解な理論展開が不可欠であるという認識が常識となってきたようである。
 この意味において、土木工学の分野における有限要素法の導入は、その出発点においていささか方向を間違えたのではなかったか、また当時、マトリックス変形法の拡張理論として民間企業において、盛んに開発されていた幾何学的非線形構造解析プログラムをもっと見直すべきではなかったか、十分に反省の余地があるのではないかと思われる。

参考文献
  1. 後藤茂夫、羽根悟朗、田中達朗:接線剛性法による骨組構造物の大変形解析 土木学会論文報告集,No.238,pp.31〜42,1975.
  2. 前田幸雄、林正:立体骨組構造物の有限変位解析 土木学会論文報告集,No.253,pp.13〜27,1976.
  3. 平島政治、井浦雅司、依田照彦:初期曲率・ねじれ率を有する薄肉空間曲線部材の有限変位理論土木学会論文報告集,No.292,pp.13〜27,1979.
  4. 有限要素法ハンドブック編集委員会:有限要素法ハンドブックU応用編 (株)培風館pp.122〜169,pp.643〜651,1983.
  5. 後藤茂夫:立体構造物における接線幾何剛性マトリックスの定式化土木学会論文報告集,No.238,pp.1〜11,1983.
  6. 後藤芳顕、松浦聖、長谷川彰夫:充実断面空間棒材の有限変位理論の一定式化構造工学論文集,Vol.31A,pp.183〜196,1983. 
  7. 吉田 裕:有限要素法による幾何学的非線形構造解析法の現状と課題土木学会論文集,No.374/I-6,pp.25〜37,1986. 
  8. 土木工学会:土木工学ハンドブックT 技報堂出版(株),pp.288〜291,1989
  9. 後藤茂夫、荒牧軍治、井嶋克志:要素剛性分離の手法による構造物の幾何学的非線形解析構造工学論文集,Vol.37A,pp.315〜328,1991.
  10. 後藤芳顕、渡辺康人、春日井俊博、松浦聖:空間での有限回転を伴う弾性座屈現象を利用したリングのたたみ込み土木学会論文集No.428/I-15,pp.117〜125,1991.
  11. 後藤茂夫、井嶋克志、古賀勝喜、帯屋洋之:接線剛性法による要素力式の設定と解の精度構造工学における数値解析法シンポジウム論文集第18巻,pp.121〜126,1994. 
  12. 後藤茂夫、井嶋克志、帯屋洋之、劉磊:接線剛性法による平面骨組みの分岐釣合系の解析構造工学における数値解析法シンポジウム論文集第18巻,pp.127〜132,1994.
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