株式会社フォーラムエイト
オートモーティブ アドバイザー

松井 章

Akira Matsui

1959年生まれ。三重県伊勢市出身。大学卒業後、1984年に某自動車会社に入社。空力性能を中心としたクルマの運動性能評価を担当。
その後、電子制御システムの開発部署に異動し、ABS/ESPやADAS/AD関連の開発に従事。さらに、インフラ協調システムや、MaaSの企画・開発も担当。退社後、現在は、フリーランスとして、クルマ開発に関する各種業務を受託。

第1話 クルマの電脳化の歴史

はじめに

最近のクルマは、「CASE」と呼ばれる新しい技術領域を中心に、いままでにない革新が進められています。「CASE」という言葉は、耳馴染みの方も多いと思いますが、「Connected」「Autonomous」「Shared & Services」「Electric」の頭文字をつなげたものです。実現には、エレクトロニクスが必須の技術であり、その出来栄えがクルマの商品価値を左右するといっても過言ではない状況になっています。

本入門講座では、特にエレクトロニクスにスポットをあてながら、「CASE」というキーワードのもと、クルマの世界で、一体何が起こっているのか、少々寄り道をしながら、問わず語りをしていきたいと思います。寄り道と無駄話が目に余るようなら、躊躇なく鉄拳制裁いただくことをお約束して、最初の一話を始めさせていただきます。

ぶつからない(?)クルマはあたりまえ

皆さんが、運転手あるいは乗客として普段お乗りになるクルマには、いわゆる「自動ブレーキ」は装着されているでしょうか?

そうです。クルマに搭載されたレーダーやカメラが、歩行者や他車両などの障害物を検知して、衝突しそうになったら、ドライバーに危険状態を警報音などで警告し、最後は自らブレーキをかけてくれるアレのことです。

公式名称は、「衝突被害軽減ブレーキ」と言い、保安基準の改定により、国産の新型車に関しては、令和3年11月からの装着が義務付けられています。そのシステムが装着されたクルマは、「サポカー」という愛称で呼ばれ、補助金制度の導入や自動車会社各社からのCM放映など官民連携での啓蒙活動の成果もあり、認知度が高くなっています。実際に、皆さんが目にするクルマにもかなりの高い比率でこの装置が装備されています。

大変高価なレーダーやカメラのようなセンサーを搭載し、障害物との衝突を予測し、ブレーキをかける装置が自分にも手が届くような価格帯のクルマに設定され、まして、装着が義務化されるなんてことは、当分、先のことだと思っていましたが、あっという間にそういう状況になりました。これらの技術が後述する自動運転システムの開発につながるものであることはいうまでもありません。

エアバッグやABS/ESC(横滑り防止装置)、カーナビなども付いていて当たり前の時代になってから随分経っていますが、それぞれの装置は紆余曲折を経ながら、低コスト化と品質・性能向上の両立を図り、普及してきています。安全装置の普及が交通事故死者数減少に貢献していることは、いうまでもありません。

皆さんも、最近のクルマの進化はすごい! と感じられているのではないでしょうか?

クルマの歴史とエレクトロニクスの歴史

ここで、クルマのエレクトロニクス化の歴史を簡単に振り返ってみたいと思います。

まずは、クルマそのものの歴史です。教科書を紐解いてみると、1769年にフランスにおいて蒸気を動力源として走る自動車が発明されたとあります。当時の主たる移動手段は、馬車であり、動力源としては、文字通り、馬が担っていました。蒸気機関という人工的な動力で車体が動いたのですから、形や性能はともあれ、機構的には立派なクルマと言えるでしょう。(図1)

図1 蒸気自動車

かのジェームズ・ワットがその後の産業革命・工業化社会の原動力となる新方式の蒸気機関を開発したのもほぼ同時期。蒸気機関の技術の普及とともに徐々に馬車の牙城を崩していきます。日本では、鎖国真っただ中の江戸時代の半ば。平賀源内がエレキテルの復元に成功したころです。

その後、1873年には、電気式の4輪トラックが実用化され、1885年には現代のクルマの主流であるガソリン自動車がドイツのカール・ベンツによって発明されています。

ガソリン車より先に電気自動車が実用化されたという歴史は、現在のガソリン車から電気自動車への移行という大きなトレンドを重ね合わせるといろいろと考えさせられます。

1908年には、米国において大量生産に成功した有名なT型フォードが登場し、自動車は次第に大衆化され、自動車産業が大きく発展していきます。アメリカ、西ヨーロッパに続き、日本でもモータリゼーションが始まり、カローラやスカイラインなどの名車が生まれています。(図2)

図2 T型フォード

ちなみに筆者の子供のころの憧れの実在のクルマは、「未来の国からやってきた」というキャッチコピーで有名な「ダルマセリカ」。SF漫画に描かれたクルマは、未来からきた少年であるスーパージェッターが乗る「流星号」です。どれだけ、「未来」好きなんでしょうか。

クルマの歴史を語りだすと誌面がいくらあっても足りないので、この辺で筆を置くことにします。

次にエレクトロニクスの歴史です。
電球や、モータ、発電機、電池なども電子の動きを応用した技術ではありますが、基本的に半導体の技術がベースになっているものをエレクトロニクス(電子工学)と呼びます。

エレクトロニクスの技術は、1947年の真空管に代わる大発明であるトランジスタの発明から、多数の素子をまとめたIC(集積回路)、1971年のシングルチップマイクロプロセッサ(Intel 4004 )の発明へと進化してきており、1977年の世界初のパーソナルコンピューターといわれる「AppleⅡ」など、大小のコンピュータやゲーム機、スマートフォン、家電、各種の乗り物など、実にさまざまな機器に搭載され普及拡大しています。現在のインターネット社会は、エレクトロニクス技術の進化なしでは、実現されなかったのは、明らかだと思います。

エレクトロニクス技術は、もちろんクルマにも積極的に採用してされてきました。カーラジオのトランジスタとか、電気整流のためのダイオードなど、さまざまな機能部品として実用化されてきましたが、現在のカーエレクトロニクスの発展に繋がる大きな契機としては、1970年代半ばに排ガス規制への対応としてマイコンがクルマに搭載されたことだと思います。

1977年には、フォードが本格的な12ビットのマイコンを搭載したエンジン制御システムを実現しています。そのマイコンを開発したのは、日本の東芝だったそうです。1971年のシングルチップマイクロプロセッサ誕生のわずか数年後には、車載マイコンとして実用化されており、クルマは排ガス規制への対応という必然性にも後押しされ、エレクトロニクス化に積極的に取り組んだ応用分野といえます。極寒酷暑、電気ノイズ、振動など厳しい使用環境下での安定動作と、低コスト化や軽量化への厳しい対応との両立が求められるクルマに大変デリケートな部品である半導体を搭載するのは大変な勇気と苦労がいることだったでしょう。

1980年代になると、メータやパワーウインドウなどのボディ系部品、エアバッグ、ABSをはじめとするブレーキ制御、カーナビなどへの採用が拡大し、クルマの「走る・曲がる・止まる」といった基本的な機能が、エレクトロニクス化によって、格段に進化したのはみなさんの知るところではないかと思います。今でいうDXのクルマ版といったところでしょうか。

250年のクルマの歴史のなかで、カーエレクトロニクスの歴史が占める割合は、せいぜい2割程度。クルマの技術の中では、若輩者ですが、新進気鋭の若者といっていいでしょう。

40年も前の話というとZ世代の人には、またずいぶん古い話を・・・と言われるかもしれませんが、ソレックスのツインキャブに憧れていた筆者のようなおじさん世代には、クルマのエレクトロニクス化は、実体験を伴った最近の出来事なのです。

そして現在のクルマは?

2000年ごろには、「走る・曲がる・止まる」というクルマの基本機能に、エレクトロニクスが組み込まれ、ソフトウエア技術を用いて自由自在に車を制御できるような環境が整い、さらに、「つながる」機能を基本機能の一つに加え、さらなる知能化、すなわち、高性能な目や耳を持ち、蓄積した豊富な知識を活用し、より高度な頭脳を持ったクルマへの進化を目指した開発競争が進められています。

現在の最新のクルマは、ご存知のように電池とモータで走り、スマホのように常時インターネット接続され、ソフトウエアは、ネットワークを介し自動的に更新され、メータからは針がなくなり、液晶ディスプレーに美しいグラフックとして描かれます。

また、一定の条件下とはいえ、ドライバーはアクセルもブレーキもハンドルも操作しないで、自動的にクルマを走行させることができます。それらは、特別な高級車だけというわけでもなく、筆者でもかろうじてローンの審査に通るような価格レンジのクルマに搭載されています。また、近いうちには、空も飛び始めるという噂も巷から聞こえてきます。(図3)

図3 レベル3自動運転

筆者のような酔客が、「流星号、応答せよ!」といえば、空を飛んで、なじみの居酒屋に迎えに来てくれる日もそう遠くないのかもしれません。

とにかく、ここ数年は、冒頭の「CASE」というキーワードの下、ものすごい勢いで、クルマのエレクトロニクスの高度化が進んでおり、最近目にすることが増えてきたSDV(Software Defined Vehicle)という言葉に象徴されるように、とりわけソフトウエア技術が、重要視されています。

現在のカーエレクトロニクスのエンジニアは、低コスト化と高品質の維持の両立によるシステムの普及と他社に先駆けた新しい商品・技術の開発という2つのミッションを確実に達成する必要があり、社内の期待を一身に背負い、充実した、でも、緊張感のある大変多忙な日々を送っていることは想像に難くありません。

特にソフトウエアの開発規模は、まさに指数関数的に増加しており、開発内容は年ごとに高度化・専門化し、有能なエンジニアの確保は大きな課題になっています。

フォーラムエイト製のドライビングシミュレータ、HILSや組み込みソフトウエアのソリューションは、日々格闘されているカーエレクトロニクスエンジニアのお手伝いができるものと考えています。お困り事項などあれば、ぜひご相談くださいますようお願い申し上げます。

最後に、あちこちで使われているので、すでに耳タコでしょうが、どうしても一回は言っておきたいので、心より愛をこめて言わせてもらいます。

どうする カーエレエンジニア

(Up&Coming '23 春の号掲載)



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