はじめに
すでに各所で仮想現実(VR)をもとに「メタバース」(メタ+ ユニバース)の社会実装が進んでいます。社会実装に的確に対応するため、令和5 年第211 回通常国会において、不正競争防止法の改正を含む「不正競争防止法等の一部を改正する法律」(法律第51号)が可決成立しました。 知的財産分野におけるデジタル化や国際化の更なる進展などの環境変化を踏まえ、以下の内容が含まれます。
1. デジタル空間における模倣行為の防止
商品形態の模倣行為について、デジタル空間における他人の商品形態を模倣した商品の提供行為も不正競争行為の対象とし、差止請求権等を行使できるようにします。
2. 営業秘密・限定提供データの保護の強化
不正競争防止法について、ビッグデータを他者に共有するサービスにおいて、データを秘密管理している場合も含め限定提供データとして保護し、侵害行為の差止め請求等を可能とします。また、損害賠償請求訴訟で被侵害者の生産能力等を超える損害分も使用許諾料相当額として増額請求を可能とするなど、営業秘密等の保護を強化します。
3. 外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充
OECD 外国公務員贈賄防止条約をより高い水準で的確に実施するため、自然人及び法人に対する法定刑を引き上げるとともに、日本企業の外国人従業員による海外での単独贈賄行為も処罰対象とします。
4. 国際的な営業秘密侵害事案における手続の明確化
不正競争防止法について、国外において日本企業の営業秘密の侵害が発生した場合にも日本の裁判所に訴訟を提起でき、日本の不正競争防止法を適用することとします。
以下では、メタバースに係る「デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえたブランド・デザイン等の保護強化」(上記の1. および2.)に絞って紹介します。特に法改正に至った経緯、あるいは法改正までには至らなかった状況を知ることで、不正競争防止法における今後の秘密情報の取扱いの留意点が少しでも分かるのではと思われます。
デジタル時代におけるデザインの保護(形態模倣商品の提供行為)[1][2]
産業構造審議会において、事業のデジタル化が加速しており、デザイン保護の一翼を担う他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為の規律に関して、フィジカル/デジタルを交錯する模倣事例に対応できるか、「商品」に無体物を含むかが検討され、以下の①~③が示されました。
① 不競法第2条第1項第3号の対象行為の拡充(法改正)
周知表示混同惹起行為及び著名表示冒用行為と同様に、形態模倣、商品提供行為(不競法第2条第1項第3号)にも「電気通信回線を通じて提供」する行為を対象行為に追加し、ネットワーク上の形態模倣商品提供行為も適用対象であることを明確化することとしました。
改正された条文(下線が改正箇所)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
三 他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、
譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
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② 「商品」に無体物を含むか(今後の検討課題)
不競法上の「商品」の概念には、裁判例では、有体物のみ含むという考え方と、無体物も含むという考え方の両方が存在しています。昨今、無体物(デジタル商品)の取引価値が増加していることを踏まえ、無体物である「商品」にも同号の保護が及ぶ旨を明確化すべきとしました。明確化のアプローチとして逐条解説等に記載されるものの、不競法上の「商品」の定義規定を定めるまでには至らず、将来課題として検討を継続することになりました。
③ 形態模倣商品の提供行為に係る不正競争の保護期間の伸長の是非(今後の検討課題)
不競法第19 条第1 項第5 号イには、「日本国内において最初に販売された日から起算して三年」間との規定がありますが、「三年」の終期の起算点を「実際の販売開始時」と解釈し、逐条解説等に記載して明確化することにしました。法改正は将来課題として検討を継続することになりました。
限定提供データの規律の見直し
課題① 「秘密として管理されているものを除く」要件(不競法第2条第7項)の妥当性(法改正)
現行法における保護の間隙(下表の現行法/公知な情報)
「秘密として管理されているものを除く」要件を、以下の改正案①または改正案②のいずれかに改めることが検討されました。
「営業秘密を除く」と改める(改正案①)
「秘密として管理されているものを除く」要件を削除する(改正案②)
検討の結果、改正案①となりました。
改正された条文(下線が改正箇所)
この法律において「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その
他人の知覚によっては認識することができない方法をいう。次項において同じ。)により相当量蓄積され、及び管理されている
技術上又は営業上の情報(営業秘密を除く。)をいう。
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課題② 善意取得者保護に係る適用除外規定における善意の判断基準時(今後の検討課題)
不競法では、転得者の取引の安全を保護するために、取得時に不正な行為の介在等を知らずに提供データを取得した転得者(善意転得者)に関して、適用除外を規定(不競法第19条第1項第8号イ)しています。
善意の判断基準を「取得段階」から「契約時」に早めるべきかどうかについては、今後の裁判例や実ビジネスの動向等を注視するなど、引き続き将来課題として検討を継続していくこととしました。
おわりに―メタバース法的課題論点整理
さらに、内閣府知的財産戦略推進事務局では、「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議」より、
メタバースプラットフォーマー、プラットフォーム利用事業者向け
メタバースユーザー、コンテンツ権利者向け
に論点整理の主なポイントを公表(以下、「本書」)しています[3][4]。さらに詳しく知りたいときは、「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理」(2023年5月)を参照ください。
以下には、本書の内容を簡単に紹介します。
「メタバース」の定義
本書では、「ネットワークを通じてアクセスでき、ユーザー間のコミュニケーションが可能な仮想空間のうち、特に、自己投射性・没入感、リアルタイム性、オープン性等の特徴を備えるものや、これに類するもの」をメタバースとして広く捉えています。その上で、それらの中でも、コンテンツと関わりが深いVR-SNS 系、ゲーム系、コンテンツIP 系、コマース系等のものを想定しています。
目指すべき価値・理念等
メタバースの活用により目指すべき価値と目指すべきメタバースの理念、メタバースに関わる各ステークホルダーに求められる行動等について整理しています。
メタバース上で生じる問題事案に対し、ソフトロー(利用規約、ガイドライン等)による対応とハードロー(法令等)による対応等を適切に組み合わせて官民が連携して対応していくことが必要となります。特に国境の垣根がないことから、国境を超えた通用性を持つソフトローの役割が重要になります。将来的な発展の方向性の1つとして、複数プラットフォームを相互運用する「オープンメタバース」を実現しようとする取組みも進んでいます。
相互運用性には、技術・ルールの標準化、規範の明確化、サービスを介した対応等の進展が期待されます。
検討課題※(各課題の詳細は公表資料を参照ください)
【検討課題1】現実空間とメタバースを交錯する知財利用、仮想オブジェクトのデザイン等について
【検討課題2】アバターの肖像等に関する取扱いについて
【検討課題3】仮想オブジェクトやアバターに対する行為、アバター間の行為をめぐるルール形成、規制措置等について
【検討課題4】国際裁判管轄・準拠法について
※「メタバースプラットフォーマー、プラットフォーム利用事業者向け」、「メタバースユーザー、コンテンツ権利者向け」ともに共通
出典
[1]「 デジタル化に伴うビジネスの多様化を踏まえた不正競争防止法の在り方」令和5年3月、産業構造審議会知的財産分科会不正競争防止小委員会 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/fusei_kyoso/20230310_report.html
[2]「 メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理」2023年5月、メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/metaverse/index.html
[3]「 【メタバースプラットフォーマー、プラットフォーム利用事業者向け】『メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理』(2023年5月)の主なポイント」
[4] 同【メタバースユーザー、コンテンツ権利者向け】
監修:弁理士法人相原国際知財事務所
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