文教大学 情報学部 情報社会学科
准教授 松本 修一
使用製品 UC-win/Road
3次元大規模空間を作成でき、多様なリアルタイム・シミュレーションが行えるソフトウェア。ここではサイクリングシミュレータとして使用し、自転車専用信号のシミュレーション実験を行った。
自転車DXの推進に向けたシミュレータの活用
文教大学 情報学部 情報社会学科 交通システム研究室 准教授
松本 修一(まつもと しゅういち)
2014年より現職。
自転車通勤中に事故に遭遇した経験から交通弱者対策や交通安全の重要性を痛感し、自転車の交通安全研究に注力。
交通安全の分野では、自動車と比較して、自転車や歩行者といったいわゆる「交通弱者」に関する研究があまり進んでいない。その最大の理由として、データ不足による実態把握の困難さがあった。
しかし、情報通信技術の発達により、従来は自動車などでしか収集できなかったデータが自転車や歩行者に関しても取得できるようになってきている。
そうした背景から、自転車DXを推進し、自転車事故の削減や安全で快適な自転車走行空間の実現に向けた研究を進めている。
本稿では、この自転車DXプロジェクトで活用されているUC-win/Roadのシミュレータを用いた研究事例として、自転車専用信号のシミュレーション実験を紹介する。
日本では年間約30万件の交通事故が発生しており、そのうち交差点での自転車関連事故が半数近くを占めている。
交差点内における交通安全対策のひとつとしては、信号灯器の設置が挙げられる。特に、「信号灯器が適切な位置にある」という点が重要となる。
近年、欧米では自転車専用信号機が導入されているが、現状ではその効果に関する研究は限られる。国内における知見は少なく、海外では自転車専用信号と道路構造の違い等、自転車走行空間の安全性確保の視点での事例が報告されている。今後、自転車通行環境の整備により、速度の速い自転車等の交差点流入が増加することが想定されることから、より高度な信号制御方法の検討が必要である。
本研究では、自転車専用信号の設置位置に焦点を当て、自転車が交差点を通過する際の挙動をサイクリングシミュレータを用いて評価した。これにより、車両用信号と自転車専用信号の最適な設置位置を検討する。
実験環境
本実験では、自動車のオプショナルゾーンを参考に、交差点近傍において信号が青から赤に切り替わる状況を設定し、自転車の停止挙動のデータを収集した。
実験で使用したサイクリングシミュレータは、100インチ(高さ155cm、幅220cm)のスクリーン3面、主計算機1台、超単焦点プロジェクタ3台から構成される(右図)。
ソフトウェアには、交通環境を想定した道路や走行シナリオを柔軟に作成可能なUC-win/Roadを使用した。UC-win/Roadは、走行軌跡の座標、速度、走行距離等のログデータを出力可能なため、このデータを解析に用いた。
また、各走行後に信号の参考程度を把握するために、自転車専用信号と車両信号のどちらを参考にしたか質問紙調査を行った。
実験条件
信号の設置位置に関する先行研究では、交差点における信号灯器の配置方法として、主に2つのタイプが比較検討されている。
farタイプ :車両信号灯器が交差点の左奥の停止線付近に設置されるタイプ
nearタイプ:車両信号灯器が交差点の左手前の停止線直近に設置されるタイプ
本実験ではそれら先行研究に基づいて、自転車専用信号、車両信号の信号灯器位置を変えた以下の3つのシナリオで比較を行った。実験参加者は、ひとつのシナリオにつき、10回走行し、3シナリオについて計30回走行した。
今回作成したシナリオにおいては、通常の車両用信号に加えて、自転車専用信号のモデルを特別に作成した。また、車両用信号と自転車専用信号とで切り替わりのタイミングをずらす設定にしている(被験者が特定の地点に達したときに自転車専用信号が黄に切り替わり、その3秒後に車両用信号が切り替わる)。
車両用信号に関してはUC-win/Road製品版に搭載されている機能を用いたが、自転車専用信号についてはUC-win/Roadの拡張性を活かして研究室において独自にカスタマイズした。これにより、実験条件を満たすようなモデルの形状、信号切り替わりのタイミングを設定することができた。
停止線通過確率
実験参加者が停止線手前で停止せず交差点に進入した割合を「停止線通過確率」と記す。
自転車専用信号、車両信号が共に交差点の奥に設置されている場合(シナリオA)は、交差点手前に設置されている場合(シナリオB、C)と比べ停止線通過確率が高いことが分かった。
このことにより、シナリオB、Cでは、自転車専用信号が手前にあることで、無理な交差点進入が抑制される可能性が示唆される。
停止線までの距離
停止線手前で停止した走行において、停止線までの距離を見てみると、統計的に有意な差はないが、シナリオCの中央値が他シナリオ2つより大きい傾向にある。
信号の参照度
下図からすべてのパターンで自転車専用信号の方をより参考にしていることが分かる。また、シナリオAと比べ、シナリオB、Cでは、自転車専用信号を参考にする傾向がある。
本研究により、以下のような知見が得られた。
本実験では、自動車の右左折など他の交通参加者の影響は考慮していない。今後は自動車との交錯時のリスク評価や、自転車専用信号と車両用信号の切替タイミングの検討を行いたい。
道路交通の安全は、自動車だけでなく、自転車や歩行者など、すべての交通参加者にとって重要である。しかし、「はじめに」でも述べた通り、交通弱者に関する研究はまだそれほど進んでおらず、未知の事象なども多く残されていると考えられる。
自転車DXのプロジェクトはその先駆けとなるもので、協調型シミュレータはこれらの研究に重要なツールである。UC-win/Roadの拡張性を活かして柔軟な実験環境を構築することで、これまで把握できていなかった事象の解決に近づけると考えている。
参考文献
(Up&Coming '24 秋の号掲載)
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