vol.9

同質化の罠
~外見と内面、2つの側面から~

株式会社 パーソナルデザイン

http://www.pdn.jp

プロフィール

唐澤理恵(からさわ りえ)

お茶の水女子大学被服学科卒業後、株式会社ノエビアに営業として入社。1994年最年少で同社初の女性取締役に就任し、6年間マーケティング部門を担当する。2000年同社取締役を退任し、株式会社パーソナルデザインを設立。イメージコンサルティングの草分けとして、政治家・経営者のヘアスタイル、服装、話し方などの自己表現を指南、その変貌ぶりに定評がある。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科経営学修士(MBA)、学術博士(非言語コミュニケーション論)。

 組織内でのコンプライアンスの問題や、パワーハラスメントなど多種多様なハラスメントの話題が絶えない昨今ですが、そのような問題が起きる最大の要因は、「同質化」を求める環境であるとある専門家が語っていました。「和」を重んじる日本社会において同調性や一致が優先させられる中で、企業や個人が周囲と同じような行動や思考をとることが多くなり、無意識に同質化が進んでしまうというのです。
 同質化が進むことで、多様性を受け入れにくい環境がつくられ、周囲と違う意見に対して排除したり、意見を捻じ曲げようとしたりする圧力で生まれるハラスメント。組織内でのコンプライアンス違反行為に対して同調圧力によって誰も「ノー」といえないまま、組織として間違った方向に向かってしまうリスク。この「同質化」について外見と内面の双方から考えてみましょう。

パーソナルデザインの視点から見た同質化とは?

 パーソナルデザインを生業として25年になる筆者にとって「同質化」と聞くと、戦後の復興期から高度経済成長時代のイメージ、同じような鼠色スーツとYシャツを着るサラリーマンの姿が浮かびます。家庭を顧みず、身を粉にして24時間働くサラリーマンの姿は、栄養ドリンクのテレビ宣伝でも『24時間働けますか♪ ビジネスマ~ン♪ ビジネスマ~ン♪』と流れ、私たち世代の脳裏に沁みついています。
 そして、バブル期から崩壊までの20世紀末には、これまでの社会の在り方をそのまま続けていてはいけないのではないかという疑問が日本社会でも生まれました。日本企業で培われた護送船団方式や年功序列、個よりも組織を重視する体制が日本の未来への進化の足枷となるのではないかという疑問です。
 当時、社内を見渡しても、社外の企業人と会っても没個性な方が多く、いろいろな場で企業人である知人に尋ねてみると、「目立ってはいけない、みんなと同じが美徳」であるという答えが返ってきました。それこそが当時の日本の問題ではないかという思いから、2000年にパーソナルデザインという事業をはじめました。
 そもそも見た目が同質化することは、さほど悪いことのようには思えません。開催中の大阪万博のスタッフが制服を着用するということがまさにそれですし、野球やサッカーのような集団スポーツでもユニフォームがありますね。役割をお客様にわかりやすくすることや、「勝利」という同じ方向に向かって行動する場合、外見的同質化は重要です。しかしながら、方向が定かでない時代や環境において、それぞれの意見を出し合い、方向性を見つけ出そうとするときの同質化は問題です。バブル崩壊後の日本は混とんとした時代に突入し、方向性が見いだせない状況でした。そこでは組織よりも個が重視されるべきだと私は考え、『自分らしさをデザインする』というコンセプトを基にパーソナルデザインを提唱してきました。

外見的同質化と内面的同質化の関係性

 外見的同質化が進む社会では、人々が同じような髪形や服装であることが「正しい」とされ、異なるスタイルを選ぶことが「奇異」や「目立つ」と感じるようになります。それがまさに高度経済成長時代の男性たちの姿です。社会的圧力が生じ、内面的にも「他人と同じでなければならない」という心理を強化し、個人が他者と違った意見や価値観をもつことを避けるようになります。結果として、個々の価値観や思考が他人の影響を強く受け、内面的な均質化が進みます。
 また、現代社会のSNSやテレビ、映画、広告などのメディアも大きく影響します。外見の「理想像」を作り上げ、それを追求することが社会的に「成功」や「美しさ」とされる傾向があります。このメディアによる同質化の影響で、外見を同じ基準で整えようとするうちに、内面的にも「自分らしさ」や「個性」を見失い、無意識のうちに社会的な期待に応えようとする思考パターンが強化されます。つまり、外見をそろえることで、内面も他者と同じように振る舞わなければならないという心理が生まれるのです。
 そして、その逆もありきです。人は社会の期待に応じた行動を選び、内面的に社会的な役割に適応しようとする結果、外見にもその影響が現れます。例えば、仕事において「優秀」と見なされるためには、清潔感のある服装や堅実なヘアスタイルが求められることが一般的です。かなり前ですが、社内を見渡すと7:3分けの髪形ばかりという時代もありましたよね。このような内面的な価値観や社会的基準に基づく思考が、外見の同質化を引き起こすのです。そして、「自分らしさ」の喪失につながり、個性を尊重し多様性をうけいれる文化が育まれにくくなっていきます。

日本における同質化の罠

 すでに述べたように、日本社会では長く同調文化が重んじられ、それに逆らう人々への社会的圧力が生じる傾向にあります。地方都市、とくに山村部ではいまだに「村八分」と呼ばれる慣習も残っているように、多様性を受け入れにくい面があります。閉鎖的な社会が一部色濃く残っています。つまり、内なる文化を守るための同質化です。
 一方、グローバル化の波が押し寄せる中で、日本でも多国籍企業や外国の影響を受けた商品の導入が増え、海外との同質化が加速しています。例えば、スターバックスやマクドナルドのようなチェーン店は、世界中どこに行っても似たような店舗を見つけることができ、これは消費者にとって便利でありながら、同時に「個性の喪失」を意味する場合があります。また、都市部におけるショッピングモールやカフェチェーン、ファストファッションの店舗が増え、駅前にはマンションが立ち並ぶように、どこに行っても似たような風景が広がっています。さらには、ユニクロなどのファストファッションに身を包んだ老若男女の姿は新たな時代の同質化を生み、かつてのサラリーマンだけのものではなくなってきているように思います。後者は、新たな文化を大集団で受け入れることによって新たなマジョリティが創出される同質化の例です。
 しかもインターネットの普及により、情報は瞬時に広がり、SNSや動画サイトなどを通じて流行や価値観が均一化し、消費者の嗜好が似通い、全体としての「同じものを好む文化」が強化される結果となっています。
 そして、日本が長く重んじてきた同調文化と、SNSのもつ気軽さ便利さが悪い意味での相乗効果を生み、ネット上での誹謗中傷やいじめ、極端な集中攻撃など「デジタル村八分」と呼ばれるような現象を生んでいるといえます。気軽に意見をいえるというメリットが、逆にデメリットとして問題となっていることも見逃せません。
 閉鎖的な同質化と拡散的な同質化は、どちらも、文化的な豊かさや個々の創造性を削ぐ原因にもなり得ます。これこそが「同質化の罠」です。

同質化の罠にはまらないために!

 同質化の罠に陥らないためには、意識的に多様性を尊重し、独自性を大切にすることです。高度経済成長時代のような金太郎飴社員では新しい時代に太刀打ちできず、ひとりひとりの発想力や創造性から新しい価値を生み出そうとする場合、制服は邪魔です。また子どもたちの多様な感性や創造性を磨くには学校の制服も足枷です。きちんとした礼儀正しい大人に成長してほしいと願う場合も、髪の色やメイクアップにおける厳しい規則を教師などの大人が決めるのでは逆効果。規則は子どもたちが独自に決めるという方がよほどきちんと自立した大人に成長するのではないでしょうか。
 こうあらねばならないという常識によって同質化が進行してしまうことを考えれば、外見的にも内面的にも、その常識をコントロールすることが大切です。


非常識のススメ

 日本社会では、常に「常識人」であることを大切にしてきましたし、「常識的な環境」に身を置くことが多かったといえます。そのため、金色に染めた髪の中学生や、大声で話す外国人などの「非常識」にどう対応したらよいか悩みます。「非常識」に遭遇した際の選択肢として、まずは自分だけでも常識に従っておく、もしくは常識を活用して相手を同質化させる。一方、常識を壊し、新しい常識を一緒につくることもできます。同質化の罠に陥らないためには、意識的に非常識を受け入れてみることがこれからの時代には必要であり、それこそ新たな価値を生むことにつながるのではないでしょうか。
 非常識こそ変化へのチャンスととらえ、自らも非常識なスタイルを取り入れてみる。筆者は最近、金髪のウィッグを購入し、会合などに着けていきます。周囲の対応が変わることで私自身の考え方や行動が変化するように感じます。新たな時代を担うビジネスパーソンだからこそ、ぜひとも良い意味での「非常識」に挑戦してみてください。




(Up&Coming '25 盛夏号掲載)



前ページ
    
インデックス

Up&Coming

LOADING