vol.8
効果的な握手とは!
~握手とお辞儀の違いから考察する~
株式会社 パーソナルデザイン
プロフィール
唐澤理恵(からさわ りえ)
お茶の水女子大学被服学科卒業後、株式会社ノエビアに営業として入社。1994年最年少で同社初の女性取締役に就任し、6年間マーケティング部門を担当する。2000年同社取締役を退任し、株式会社パーソナルデザインを設立。イメージコンサルティングの草分けとして、政治家・経営者のヘアスタイル、服装、話し方などの自己表現を指南、その変貌ぶりに定評がある。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科経営学修士(MBA)、学術博士(非言語コミュニケーション論)。
つい先日、石破首相とトランプ大統領の会談が実現しました。満面の笑みを浮かべる石破首相のなごやかな表情はとても印象的で、交渉がうまくいったと各メディアでは報道され、視聴者もそう受けとめていたのではないでしょうか。
動画でそのシーンを視聴しましたが、少し気になったことがありました。それは、石破首相はもちろん右手で握手をされていましたが、ときおり左手を下に添えていたことです。選挙中によくある光景です。日本人としてみると、信頼感を表しているといえますが、グローバル的視点では何かおねだりするように見えるとも言われています。一方、トランプ大統領は左手で石破首相の右手を上からポンポンとたたくしぐさがみられました。これは安倍元首相との初会談でもみられたしぐさです。「よしよし」となだめているように見えますが、実際のところどうでしょうか。
日本人は握手が苦手
さて、ビジネスシーンにおける外国人との初顔合わせで、握手はつきものですが、外国人からみると日本人との握手に困惑する場面は少なくないようです。
例えば、握手しながらお辞儀をしているパターンです。握手は、「相手に対して敵意がないこと」「武器をもっていません」ということを示すものです。そのため、同時にアイコンタクトをとることが重要です。目と目を合わせることで、無意識レベルで相手を確認することができるという心理学的理論については、以前この「パーソナルデザイン講座」でもご紹介しました。
お辞儀をするときの目線は下ですから、この状態で目と目を合わせることはできません。アイコンタクトなしの握手は、タイヤのない自動車と同じで、用をなしません。
お辞儀文化の日本の長い歴史を考えると、握手が苦手であることは致し方ないといえます。とはいえ、グローバルな社会において、そうはいっていられません。そこで、お辞儀と握手の意味を少し紐解くことで、まずは頭で理解していきましょう。
お辞儀という日本文化
お辞儀をするときはどんなときでしょうか。
・挨拶をするとき
・お礼をいうとき
・謝罪をするとき
・お願いをするとき
・寺社へ参拝をするとき
日常的にしているお辞儀ですが、相手が目の前にいないのにお辞儀をする場面もときおり目にしますね。電話口で謝っているときに電話に向かって頭を下げる日本人がお笑いネタにも使われています。
お辞儀の由来は、相手に対して敵意なく、ひれふす気持ちを表すこと、頭を下げることで無防備であることを示しています。現代社会に合わせれば、相手に対しての敬意や感謝、申し訳ないという気持ちを表すものだといえます。
歴史的には、飛鳥時代から奈良時代に中国の礼法(立礼)を日本で取り入れられたようですが、それまでは土下座だったとか。一方で、7世紀の天武天皇が立礼国家をつくったともいわれています。どちらにしても、お辞儀は身分の高い人に頭を下げるという礼儀から来ており、目下のものから目上のものにするという文化が現在まで受け継がれているのです。
握手とお辞儀の違い
ここまで読んでいただいた方は、すでにおわかりですね。握手とお辞儀には根本的な違いがあるのです。
ちなみに、握手は相手に敵意がないことを表し、絆や信頼関係を深める作法です。お辞儀は、相手に対する敬いや感謝、謙遜の気持ちから発動されるものです。それを同時にやってしまっては、それぞれの意味をなさないのです。握手は握手、お辞儀はお辞儀、とわけて行うべきでしょう。
ちなみに、握手は目上の人から手を差し伸べるものとされています。パワーのある立場の人から敵意がないことを示す。お辞儀の由来は、目下から目上にすることであり、握手の逆です。そういった点でも根本的に違うことがわかります。どちらがよいかではなく、文化の違いと受けとめ、「郷に入ったら郷に従え」を実践するに限ります。
握手の基本ルール
お辞儀にマナーとルールがあるように握手にもあります。そこをしっかりと押さえておきましょう。
1. 握手は原則「右手」で行う
世界の一部の国では、左手は「不浄の手」とされています。その左手を差し出すことは「相手を嫌っている」という意味になってしまうため、グローバルな握手は右手で行います。
2.両手で相手の手を握らない
左手を使わないという点で、両手で相手の手を握るというのもグローバルマナーとしては避けねばなりません。日本でよくみるのは、芸能人がファンに対して行ったり、政治家が「清き一票を!」とお願いするとき、つまり「おねだりの握手」といわれるわけです。外国人との握手では注意したほうがよいですね。
3.頭は下げず、目をみて行う
先述したように、アイコンタクトが必須の握手では、堂々と頭を上げて相手の目をしっかりみる。とても大切なルールです。
4.強すぎず、弱すぎず、親しみを込めて握る
アメリカでは弱いホワーンとした握手を「Dead-Fish-Handshake」といい、死んだ魚を握っているようで気持ち悪いとされます。逆に手がちぎれそうな握手をされる方もいるようですが、強すぎず、弱すぎず、適度な強さで気持ちを込めて握りましょう。
握手とお辞儀の共通ルール
国も違えば、文化も違う。そこで挨拶の仕方も変わりますが、共通ルールは気持ちがこもっていること、相手に対しての配慮があるかどうかです。最近では、お辞儀も下を見たまま挨拶の言葉を発することはコミュニケーションとしてどうかといわれます。
お辞儀には「同時礼」と「分離礼」があります。「おはようございます」と言いながら頭を下げるのが「同時礼」であり、言葉を発した後に頭を下げるのが「分離礼」です。最近では目と目を合わせて挨拶の言葉を発してから礼をする「分離礼」の方がよいとされています。言葉が相手に伝わりやすく、さらに聴覚に障がいがある方にとって読唇術はコミュニケーションの重要なツールですから、しっかりと顔を見せて言葉を交わし、その後頭を下げる。時代によってコミュニケーションの作法は変化することを意識しておきましょう。
リズムよく、元気よく!
異文化コミュニケーションの専門家であるドイツ人のケンパー・マティアス氏が提唱する理想的な握手は「1,2,3のリズム」だそうです。
1. 挨拶 「グッドモーニング」と挨拶しながら近づき、言い終わるタイミングで手を握る。相手がその手を探さなくてもいいように大きく手を差し出して近づく。
2. 自己紹介 ぎゅっと握ったら「マイ・ネーム・イズ・・・」と自己紹介しながら握った手を1回振る(ドイツは2~3回振るそうです)。
3. 離れる 「ナイス・トュー・ミートュ・ユー」と締めくくりながら自然に手を後ろに離す。名刺を渡したい場合はその後です。
握手にしろ、お辞儀にしろ、相手とその後お付き合いをするかどうかが決まる入り口です。そこには活力があることが大切です。そういう意味でリズムがあったほうがよいでしょう。
最後に、ラグビーワールドカップ2019で話題になった外国選手たちのお辞儀に触れましょう。ニュージーランド対南アフリカ戦で真っ黒のユニフォームを着た日本人ファン。他国のユニフォームを着たり、バッチを付けたりと、日本人ファンたちのあらゆる「おもてなし」の行動への感謝の気持ちを表し、90度のお辞儀をしたニュージーランド選手たち。それだけでなく、日本人選手を見習い、試合後のロッカールームを掃除したり、他にもイタリアやサモア、ロシアの選手にも日本式お辞儀が広まったのです。これには世界中のラグビーファンの心が温まったことでしょう。お辞儀も握手もコミュニケーションのツールであることをしっかりと理解したうえで、グローバルな人々とよい関係を築きたいものです。
(Up&Coming '25 春の号掲載)
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