vol.6

見た目を科学する~ルッキズムを超えて~

株式会社 パーソナルデザイン

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プロフィール

唐澤理恵(からさわ りえ)

お茶の水女子大学被服学科卒業後、株式会社ノエビアに営業として入社。1994年最年少で同社初の女性取締役に就任し、6年間マーケティング部門を担当する。2000年同社取締役を退任し、株式会社パーソナルデザインを設立。イメージコンサルティングの草分けとして、政治家・経営者のヘアスタイル、服装、話し方などの自己表現を指南、その変貌ぶりに定評がある。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科経営学修士(MBA)、学術博士(非言語コミュニケーション論)。

 ルッキズムという言葉を聞いたことがありますか?
 外見至上主義と訳されていますが、外見や容姿を重視し、それを基準に人を判断したり差別したりする態度や行動のことをいいます。「Look/外見・容姿」と「-ism/主義」を合わせた造語です。
 社会的・職業的な場面で、美しいとされる人が優遇され、そうでない人が差別されるという解釈のようです。学術研究においては、美しいとされる人が人生において幸福度が高いとは限らないという論文も多く存在していますが、今なぜこの「ルッキズム」が問われているのか、また実際のところ、本当にルッキズム現象が社会や職場ではびこっているのか、また何が問題で、解決策があるのかを考えてみましょう。

ルッキズムの歴史

 ルッキズムという用語は、1970年代にアメリカで始まった肥満差別への抗議運動「ファット・アクセプタンス運動」で使われたのが始まりとされています。1978年のワシントン・ポストの記事で、太った人々によってつくられた言葉であり、考え方と書かれています。日本でこの言葉が使われ始めたのはつい最近のことですが、ルッキズムに定義されそうな状況はかなり以前からあったように思います。
 地方自治体や大学などで行われるミス・コンテストや、人材派遣会社が登録者の容姿をランク付けしていたこともそうです。会社の受付嬢は「顔で選ぶ」などと平然と話している会社も少なくない時代もありました。見た目による差別までいかず、見た目による区別程度のことを含めば、これまでの日本でも普通にあったことだといえます。
 一方、ヨーロッパの美術館や歴史上の建造物に置かれる銅像などに見られる「黄金比」や「白銀比」などのような普遍的な審美眼の存在からも歴史的に外見を愛でる思想があったことがうかがわれます。そういった思想を世界中の文化や伝統、あるいは宗教が戒めていた歴史も見逃せません。

生物学的にみたルッキズム

 ルッキズムは、私たち人間以外にも多くの生物に見られる現象です。たてがみが豊かで黒々したライオンの雄が好まれる傾向や、クジャクの羽根は大きく広がり鮮やかな色を放っている雄が雌を引き寄せます。メスに好かれるだけでなく、同時に群れのボスにもなります。彼らは視覚以外にも嗅覚や聴覚など五感全部で差別を行い、優れた子孫を残すための相手を選びます。多くの生物が地球上で自分たちを襲う敵から逃れるために目や耳などの感覚器官を発達させてきた結果、脳神経系を研ぎ澄ませた脊椎動物が誕生しました。これらは、敵だけでなく仲間内においても感覚器官で相手との細かい「違い」を常に見つけ出すようになりました。それは造作だけに限らず、ダンスや鳴き声、匂いなどさまざまです。その末裔が人間ですから当然、同じような感覚を持っているといえます。
 その証拠に、赤ん坊が人間や猫の顔、椅子などの家具にも美しいものを嗜好するといいます。生後14か月の幼児が、魅力的な顔でない人よりも魅力的な顔の人を長い時間じっと見つめる、つまりより好むという研究論文もあります。保護された犬や猫の譲渡会でも容姿のかわいい方が飼い主を早く見つけだすように、人間同士でなくても容姿の良い動物を好む傾向にあります。その傾向が赤ん坊も同じであるということは、生まれながら持つ先天的なものであり、脳と視覚システムの働き方という生得的な産物であることが示唆されます。

ルッキズムの何が問題か?

 人間心理に脳科学から鋭く切り込む中野信子さんによると、人は無意識のうちに容姿の良い人にいい態度をとってしまうそうです。興味深いことに、容姿の良い人には助けを「求めたがらない」というのです。とくに男性は美女に対して、その傾向が強くなる。自分の弱みを見せたくないという心理でしょうか。多少の違いはあるにせよ、容姿の良い人を喜ばせようとする心理は、男女ともにあるようです。進化心理学者リーダ・コスミデスとジョン・トゥービーによると、容姿の良い人を喜ばせようとする心理は、異性にだけではなく、同性間にも働くと言います。「容姿が良い=いい人」、いい人を困らせてはいけない、喜ばせたいという気持ちが働くのです。
 また、裁判の世界にもルッキズムがあることを証明する研究がコーネル大学で実施されています。一般人による陪審員制度裁判における判決が、容姿に大きく影響を受けるという結果です。容姿がよくないとされる被告人は有罪と判断される傾向があり、その結果、平均して22か月も長い量刑をくだすよう求めたとのこと。そのため、アメリカの弁護士は被告人に対して清潔な服装の着用や髪を梳くなど、身だしなみを整えるよう勧めることがあるようです。
 雇用におけるルッキズムの現状はどうでしょうか。アメリカで太っているビジネスマンは管理職になりにくいと数十年前に聞きました。「太っている=自己コントロール不能」と受け取られてしまうとの理由です。まさに肥満ペナルティと揶揄される現象です。一方、「ハイティズム」と呼ばれるような身長による影響についても、高身長プレミアム・低身長ペナルティと呼ばれる現象は存在すると報告されています。日本でも10数年前の研究で、正規雇用の男性において同様の現象が存在したようです。身長が高い方の報酬がよいという結果です。
政治の世界では、1960年のケネディとニクソンの選挙の例が有名です。メディアの進化により、映りのよかったケネディが勝ったとされていますが、さまざまな研究があり、それらの説もさまざまですが。
 とにもかくにも、ルッキズムの問題は、「容姿が良い=いい人」としてしまうことです。
 人相学という分野があります。顔の相から性格を読み取るというものですが、それ自体も「〇〇=▽△」と決めつける部分が釈然としないところです。ましてや学問ということですから、意識的に決めつけているのは問題外ですが、私たちの日々の「〇〇=△▽」という視覚システムが本能であり無意識的であることこそ厄介なのです。この無意識をどうコントロールするかが大きな課題です。

ルッキズムを超越する見た目の考え方

 動物の時代から身に着けてきた感覚器官における視覚システムではありますが、さらに動物よりも人間としてさらに進化させた感覚も視覚です。そのため、視覚情報には人間らしい理性を働かせることが可能です。例えば、容姿には惹かれないが勉強になるから聴きたい、仕事だから聴いておきたいという気持ちが働きます。だからこそ、その理性を極力働かせておく意識が必要です。とはいえ、24時間働かせておくことは、いかに理性的な人でも不可能です。
 そこで、単純に容姿のよしあしで観るのではなく、見た目をもっと科学的に紐解いてみましょう。人間の視覚はさらに進化し、見た目から内面を推測しコミュニケーションをとっています。実はこれも無意識ですが。「優しそうな外見=優しい人」「決断力がありそうな外見=決断力がある人」「知性的な外見=賢い人」という対応を期待します。私たちは相手の見た目からある分類に当てはめると、その人物の行動のうち、その分類に合った面だけを抽出してみるようになり、記録にも残りやすいとうことが、何人もの心理学者によって証明されています。であれば、自分の容姿の個性を知り、その個性に合った言動を心がける。あるいは、内面と乖離のある容姿であれば、髪形や眼鏡、メイクアップ、服装で補正することもできます。もちろん、内面を見た目の期待に添ったものに変えることもできますが、時間を要します。
 一方、物事には一長一短があります。「優しそうな外見=優柔不断な人」「決断力がありそうな外見=強引な人」「知性的な外見=冷たい人」という裏の見方があることを知っておくことも大切です。例えば容姿が美しい女性は、頭が悪いに違いない、尻軽である、性格が悪い、上から目線だ、などとみられ、社会的に損をする場合があるといいます。
 私たちは無意識的に相手の見た目から情報をとりますが、それは容姿のよしあしよりももっと深く、そこには一長一短がある。実際に容姿と幸福度は男女ともさほど顕著な関係はないという研究結果もありますから、見た目をもっとおおらかに受けとめてもよいのではないでしょうか。
 とにもかくにも、人間は無意識的に相手を見た目からある分類に当てはめてしまい、そこから行動を期待するという事実を知っておくこと。
 そして、だからこそ、自分自身が相手を観るときは見た目だけでは決めつけないという戒めを常にもっておくことも大切ですね。


【参考文献】
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
・現代ビジネス (ネット版)外見の魅力で 「能力」を判断されてしまうのはなぜか…人間社会にみる根深いルッキズム (中野 信子)
| 現代ビジネス | 講談社 (4/4) (gendai.media)

(Up&Coming '24 秋の号掲載)



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