vol.4

ラグジュアリー・ブランドのもつパワー

株式会社 パーソナルデザイン

http://www.pdn.jp

プロフィール

唐澤理恵(からさわ りえ)

お茶の水女子大学被服学科卒業後、株式会社ノエビアに営業として入社。1994年最年少で同社初の女性取締役に就任し、6年間マーケティング部門を担当する。2000年同社取締役を退任し、株式会社パーソナルデザインを設立。イメージコンサルティングの草分けとして、政治家・経営者のヘアスタイル、服装、話し方などの自己表現を指南、その変貌ぶりに定評がある。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科経営学修士(MBA)、学術博士(非言語コミュニケーション論)。

 あるオーダーメイドスーツの会社が、Z世代(※1)の顧客を対象に繊維工場を訪ねるツアーを企画したという新聞記事を目にしました。ファストファッションのように“着つくしてさようなら”ではなく、一生ものとしてオーダースーツを着用していただきたいという意図で開催したようです。バブル経済が崩壊して、その後日本だけでなく世界もファストファッションの時代に入り、日本発のユニクロ、スペイン発のザラ、スエーデン発のH&Mなどが若者を中心に流行し、今では老いも若きも知らない人はいないのが日本ブランド、ユニクロです。
しかし、ここにきて高級ブランド品の売り上げが伸びており、意外と節約志向のZ世代と呼ばれる若者たちが世界有数のラグジュアリー・ブランドといわれるエルメスやヴィトンのバッグを手にしているとのこと。今回は、今の時代における高級ブランド品の意味を考えてみたいと思います。

高級ブランド品は好きですか?

 最近お会いした素敵な70代の紳士。其の日はパティック・フィリップのノーチラスを身に着けていましたが、時計が好きで30個以上コレクションしているそうです。
パティックといえば1839年創業、スイスの高級時計メーカーで、ヴァシュロン・コンスタンタン、オーデマ・ピゲとともに世界三大高級時計メーカーとして数えられることが多く、その中でも頭ひとつ抜け出た存在がパティックであり、世界一の時計ブランドとされています。まさにラグジュアリー・ブランドです。彼が着用するパティックはおそらく1千万円以上。高級車と同じくらいのお値段の時計を何気に身に着ける姿は、年齢からなのか、そのいでたちのなせる業なのか、嫌味を感じることはありません。最近流行っている時計のレンタルに出してはどうかと冗談交じりにお話しすると、大好きな時計を人に貸すなんてとんでもない、と一掃されました。
私自身はさほどブランド品にこだわりは持ちませんが、前職で取締役に就任したとき、ルイ・ヴィトンのバッグとモンブランのボールペンを購入しました。それを所持することで、新たなポジションとしての意識を高めようとしたのか、何か顕示的な欲求が働いたのかはわかりませんが、実際にそれを所持することで背筋が伸びるような感覚がありました。

ラグジュアリー・ブランドがもつ力

 ラグジュアリーとは”贅沢なさま“という意味ですが、もともとの語原はラテン語の「luxus」。「行き過ぎた無駄遣い」「過剰な道楽」といった、ややマイナスな意味をもつ言葉でしたが、現代においては贅沢で優雅な様子を表し、最高ランクを表現するためによく使われています。ラグジュアリー・ホテルといえばピンとくる方も多いのではないでしょうか。そんなホテルに宿泊することや、ラグジュアリーな時計やファッションがもつパワーとはどんなものなのでしょうか。
エルメスを例に挙げてみましょう。1837年、ティエル・エルメスがパリのルンバール通りに高級馬具の工房を設立したのが始まりで、その後3代目にあたる孫のエミールがアメリカのフォード社が車の大量生産を開始するという情報を聞き、車時代の到来を予見します。そして、事業の多角化に乗り出したのが成功のきっかけだったようです。それも20年も前に予見していたというから、なかなかの経営者であったことがわかります。エルメスといえば、女優ジェーン・バーキン由来のバッグ、“バーキン”が有名です。中古のバーキンでも数十万円から100万円を超える値で販売されていますが、使えば使うほど「味」や「格」が表現されるという代物です。皮のなめし技を追求してきた馬具製造の歴史のなせる業なのでしょう。まさにエルメスのブランド品は持つ人と共に成熟するのです。
冒頭、スーツに使用する繊維工場の見学会の話をしましたが、繊維工場を独自にもつブランドこそイタリアのスーツブランド、ゼニアです。素材からの一貫生産のプレタポルテ(既製服)で、フラップポケットや裏地など一見たわいのないゼニア特有のこだわりを大切にしています。ゼニアを着用する紳士の皆さまはおわかりでしょうが、多くのディテールに凝ることができるのは、まさに繊維工場を独自にもつ所以です。プレタポルテでありながら機械と手縫いを組み合わせる手法、繊維から縫製までこだわりをもった生産過程には多くの人の思いと技が積み重なり、そのゆるぎないブランド力をつかさどっているに違いありません。
つまり、ラグジュアリー・ブランドとは、年月を経て多くの知恵と技、ブランドを愛する沢山の人の思いが込められ、そこに存在する。それだけでもすさまじいパワーが覆いかぶさっているといえます。

ラグジュアリー・ブランドを身にまとう意味

 なぜ節約志向とされるZ世代がラグジュアリー・ブランドのバッグやファッションを購入するのか。そこが多くのマーケターにとって興味深く、学者たちも研究を始めています。結果、購入する欲求がバブル経済の頃と今では異なっているというのです。
バブル経済においては、人の目に触れやすい高観察可能性群(自動車、バッグなど)では顕示的消費の傾向があった一方、現在では非顕示的消費傾向にあるというのです。つまり、バブル期にはブランドロゴが大きくあしらったバッグが売れていましたが、現在は逆にブランドが他者から目に入りにくいバッグが売れる傾向に代わってきたというのです。一方、低観察可能性群(下着、化粧品など)では、名声やエリート主義というキーワードが付加されるように顕示的消費傾向は未だ残っているようです。名声やエリート主義は顕示的欲求からくるものですが、最近のブランド購入者に見られるキーワードは“情趣”(※2)。とくに他者に見られやすい所持品において顕著のようです。それらを所持することで落ち着いた知的な気持ちになるけれど、自慢するためではないということでしょうか。国籍別にみると一人当たりのラグジュアリー・ブランドの消費額が世界1位という成熟国日本においては、みせびらかす時代は終わったといえるのかもしれません。

 Z世代にとってのラグジュアリー・ブランドとは?

昨今のマーケティング研究の結論として、贅沢をしないといわれるZ世代の若者が高級ブランド品を買う意味は、利息がないに等しい貯金をするよりも将来お金に換えられるという価値と、もつことそのものに情趣を感じるためのようです。
Z世代はロレックスの時計を好み、メルカリでもっとも売れる時計ブランドはロレックスです。ちなみに、メルカリでもっとも売れる衣類はユニクロだそうです。1度だけ着用してメルカリに出店するというつわものも少なくないといいます。

ラグジュアリー・ブランドを身にまとうことは、そのブランドがもつ長い歴史とそのブランドを愛し育んできた多くの人々の思いを纏うこと。だからこそ、それがパワーとなり、自信につながり、心地よさにつながり、その姿をみる他者に対してもオーラを放つ。これ見よがしにブランドだけが目立つのではなく、それをもつ人の内面からにじみ出る自信が存在感を放ち、パワーとなるのでしょう。そのためには、全身すべてブランドである必要はないのです。
先ほど記述した パティックを身に着けた70代の男性も、奇をてらわないスマートカジュアルをシンプルに着こなし、腕にパティックを施した姿にはエレガントなパワーを感じました。パティックであれ、ロレックスであれ、その人が情趣を感じて身に着ければ、ちゃんと答えてくれるのがラグジュアリー・ブランドです。
そう考えると、ユニクロをシンプルに着こなし、ラグジュアリー・ブランドを1点、何気に身に着けるZ世代こそ、これからのSDGs時代を担う存在なのかもしれません。

※1 Z世代:1990年後半から2000年代に生まれた世代。生まれたときからインターネットが普及していたデジタルネイティブ世代ともいわれる
※2 情趣:おもむき、しみじみと落ち着いた自分やあじわい(weblio辞書より)


【参考図書】
「男の服装~おしゃれの定番~」落合正勝 正解文化社
「ラグジュアリー・ブランドの多次元的価値が購買意図の形成へ与える影響―財の観察可能性の影響と重要価値
次元の特定に関する検証」藤原一肇・守口剛 第24 巻第1 号(2021)1 – 15 doi: 10.5844/jsmd.24.1_1

(Up&Coming '24 春の号掲載)



前ページ
    
インデックス
    
次ページ

Up&Coming

LOADING