vol.2
ハラスメント問題を言語と非言語双方から考える
株式会社 パーソナルデザイン
プロフィール
唐澤理恵(からさわ りえ)
お茶の水女子大学被服学科卒業後、株式会社ノエビアに営業として入社。1994年最年少で同社初の女性取締役に就任し、6年間マーケティング部門を担当する。2000年同社取締役を退任し、株式会社パーソナルデザインを設立。イメージコンサルティングの草分けとして、政治家・経営者のヘアスタイル、服装、話し方などの自己表現を指南、その変貌ぶりに定評がある。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科経営学修士(MBA)、学術博士(非言語コミュニケーション論)。
世間を大きく騒がせたビッグモーター社長の謝罪会見から早数か月が経過しました。その後も枯れた街路樹やパワーハラスメント(以後パワハラと呼称)などの問題が次々と浮上しています。その中のいくつかの例をみていると職場内の優位性を悪用した信じられないほどひどい内容が多いことは皆さんご承知の通りです。まさにパワハラという言葉通りの悪質な行為ですが、一般的な現場から上がってくるパワハラ相談はコミュニケーションのズレから生じていることが多いようです。
2020年6月にパワハラが法制化されたことで上昇傾向だった個別労働紛争相談件数は一旦減少したものの、ここ最近再び増加しています。(図1)
・ 上司から仕事を指示されたが初めて取り組む内容だけにやり方がわからず、質問をしても「自分で考えてみろ」の一言で片づけられた。
・ 業務量が多いのに「早く帰れ」といつも言われる。その割には、まだできていないのかと急かされる。
・ やりたい仕事があるのに、「まだあなたには早い」と言われ、なかなかやらせてくれないなど、コミュニケーションに時間を割いていれば生じないような内容や、ちょっとした言い回し、間の悪さなどが原因になっているように見受けます。
世代間ギャップといわれますが、昨今価値観が実に多様化しています。男性だけの社会に女性が加わり、常勤社員だけの社内に非常勤社員が加わり、さらには外国人、LGBTQというように戦後の高度経済成長時代やバブル期の様相とはまったく様変わりしてきている現代社会。その中でズレを生じさせないためのコミュニケーションを考えるうえで、言語(バーバル)情報だけでなく、非言語(ノンバーバル)情報がとても大切です。今回は、パワハラ問題について知識を深めると同時に、コミュニケーションのズレを防ぐための言語情報と非言語情報について触れていきましょう。
パワーハラスメントとは
20世紀末、早稲田大学大学院でひとりの女性と出会いました。「パワハラ」の名付け親である岡田康子さんです。クオレ・シー・キューブハラスメント対策のクオレ・シー・キューブ (cuorec3.co.jp)という相談窓口の会社を一足先に立ち上げた起業家としての先輩です。彼女との会話の中でよく出てきた 「パワハラ」という言葉。すでに知れ渡っていたセクハラの一方で聞きなれないパワハラについての彼女の熱弁は印象的でした。日本は就職ではなく就社であり、そのため嫌でも会社を辞められない。家族との時間もなく働く環境の中で「パワハラ大国ニッポン」と化してしまった。これではグローバルな社会からおいていかれると。その彼女による和製造語 「パワハラ」は今や法律の中に入り込み、誰もが知る固有名詞となりました。
※ 岡田康子さんのインタビューURL
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00304/032500084/
パワハラ誕生から20年、名付け親が抱く懸念 「救済から排除の言葉に」日経ビジネス電子版 (nikkei.com)
パワーハラスメントの定義
「職場のパワーハラスメントとは、職場内などのパワーを背景にして、本来業務の範疇を越えて、継続的に、人格と尊厳を傷つける言動を行い、就労者の働く環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与えること」(クオレ・シ・キューブHPより)
職場内にあるパワーとは経歴、職位、性別、職種、能力、力のある上司に可愛がられているなど、様々です。私的な頼まれごとや休暇中の度重なる呼び出し、バカ、アホ、そんなこともできないのか、辞めろ、言うこときかないなら・・・・・・など、人格を傷つける言動を言い続けられること、長時間にわたる指導 ・叱責など、やっている方は良かれと思ってやっている場合もあてはまります。また、そういった対応をされる同僚が職場内にいるため雰囲気が悪く、出勤時はいつも気が重いなど、いろいろな相談があります。実際の相談例を見ていると、筆者自身も加害者にも被害者にもなりうるのではと思ってしまいます。
最近の若者は打たれ弱くなった、気概がないなどと先輩企業人からの声を聞きますが、そこで考えなくてはいけないことは昔と今では環境が違うということでしょう。製造業では統制が取れている金太郎飴型人材組織の方が効率が良かったわけですが、サービス業ではその場に応じた臨機応変さや柔軟性がより求められます。それに合わせた人材が求められ、コミュニケーションスタイルも変わるということです。
裁判例からみるコミュニケーションのズレ
筆者がクオレ・シー・キューブのハラスメント防止研修講師として多くの企業幹部に講義を行う中で非常に説得力のあった裁判例をご紹介します。平成22年5月21日の名古屋高裁における判決の場面です。
「部長の部下に対する指導は、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというのであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメント(パワハラ)に当たることは明らかである。」
「部長が仕事を離れた場面で部下に対し人格的非難に及ぶような叱責をすることがあったとはいえず、指導の内容も正しいことが多かったとはいえるが、それらのことを理由に、これらの指導がパワハラであること自体否定されるものではない。」
お読みいただき、少し首を傾げる読者の方も多いのではないでしょうか。人格非難に及んでなく、指導の内容も正しいことが多かったのにパワハラであることは否定できない。では何が問題だったのか。
1行目の下線 「人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的」が問題なのです。言語情報は正しくても、言い方、つまり非言語情報が間違っています。私たち人間は冷静でいられるときは、言語情報をしっかりと受けとめることができます。多少の非言語情報の違和感は理性で消化することができますが、感情的になった瞬間、言語以上に非言語から多くの情報をゲットしてしまいます。動物と化す瞬間です。実際にパワハラを受けている被害者はいわれた言葉以上に、相手の表情や声色が大きく頭に焼き付き、夜も眠れなくなるようです。
上記の地公災基金愛知県支部長 (市役所職員)自殺控訴事件は、職員が再三にわたる上司の叱責に耐えられず、自殺をしてしまい、事後にその妻がパワハラとして提訴した結果の最終判決です。悲しいかな、加害者である上司は自殺した部下の仕事ぶりを評価していたことも裁判の中でわかりました。しかし、それを部下に言語情報として伝えていなかったのです。言わなくてもわかるだろう。私たち日本人のよくいう 「阿吽」のコミュニケーションです。ご自分のパートナーに日頃の感謝を言葉で表していますか。近しい相手にこそ、わかるだろうではなく、しっかりと言葉で伝える。そして、その言葉をどんな表情でどんな声で伝えるか。言語と非言語まさに両輪であることをしっかりと認識してコミュニケーションを取りたいものですね。
(Up&Coming '23 秋の号掲載)
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