株式会社フォーラムエイト
オートモーティブ アドバイザー
松井 章
Akira Matsui
1959年生まれ。三重県伊勢市出身。大学卒業後、1984年に某自動車会社に入社。空力性能を中心としたクルマの運動性能評価を担当。
その後、電子制御システムの開発部署に異動し、ABS/ESPやADAS/AD関連の開発に従事。さらに、インフラ協調システムや、MaaSの企画・開発も担当。退社後、現在は、フリーランスとして、クルマ開発に関する各種業務を受託。
第5話 クルマのシェアリング&サービス化
はじめに
第5話は、「CASE」の「S」。クルマの共有サービスである「Shared&Service (以降、S&S) 」の意味になります。
近年の「所有から利用へ」という消費行動の変化が、クルマ業界にも大きな影響を与えています。いままで、クルマという「モノ」を売って、所有・維持してもらうことをビジネスモデルの柱としてきたクルマ業界が、モノを使うことで得られる体験を付加価値とする「コト売り」に力をいれて取り組まないと生き残れないという危機感が、「S&S」への取り組みの原動力です。筆者自身も、長年モノ売り稼業でご飯を食べてきた業界構成員として、まさに100年に一度の大変革期の到来を感じているところです。次項以降で、実用化されているS&Sである「カーシェアリング」と「ライドシェアリング」の状況について触れたいと思います。
また、最近、MaaS(Mobility as a Service:マース)という言葉をチラホラ聞くようになりました。直訳の「サービスとしての移動」という説明では、一体なんのこっちゃい?・・という感じですが、要するに電車などの公共交通機関や、クルマ、徒歩まで含めたモビリティ(移動)全体を単なる交通手段ではなく、AIなどの最新のテクノロジーを活用した次世代の交通サービスとして捉えるものです。後半で紹介します。
CASEもMaaSも自動車産業や交通分野における新しい概念には違いありません。前者は主に自動車の技術進化に注目しているのに対し、後者は、広い視野で複数の交通手段を総合的に組み合わせ、利用者が柔軟に移動手段を選択できるようにするサービス提供モデルを指します。CASEは、2016年にダイムラーから提唱されたクルマ屋発の言葉であるのに対し、MaaSは、フィンランドの交通事業者発という生い立ちの違いからも頷けます。
少しだけ寄り道します。MaaSも一族である「なんちゃらaaS」という言い方は、もともとはクラウドコンピューティングの界隈で使われだしたものです。総称では、「XaaS」=Everything‐as-a‐Serviceという言い方をします。「X」にいれる文字は、なんでもお好みでといったところです。
「SaaS」=Software-as-a-Serviceとか、「PaaS」=Platform-as-a-Serviceといった言葉が本家本流です。MaaSは、「交通のクラウド化」という観点では共通点もあり、親戚筋くらいにはあたるのかもしれません。ちなみに、「ZaaS」という言葉をご存じでしょうか? サラリーマン川柳で使われていそうですが、 「ZaaS」=Zangyo‐as-a-Service、いわゆる「サービス残業」のことです。末尾に「aaS」を付けると、ちょっとトレンディな香りがしますが、「ZaaS」は、業界を問わずアカンやつです。
カーシェアリングサービス
現在主流のカーシェアリングサービスは、運営業者が保有するクルマを、予め会員登録を行った利用者間で共同利用する形態が一般的です(図1)。従来のレンタカーも広義には、カーシェアリングの仲間ではありますが、別のサービスと位置づけられています。カーシェアリングは、レンタカーに比べ、「ちょいのり」利用に重きをおいたサービス体系となっています。利用時には、会員はスマホアプリで、所望のクルマを予約。専用の駐車場所(ステーションといいます)に出かけ、スマホや会員カードなどを使って開錠し、直接クルマをピックアップ。お店を介さず会員間で貸出・返却を直接的・連続的に行っていくサービスになります。カーシェアリングプロバイダー(運営管理会社)による定期メンテナンスも実施されますが、給油、清掃、故障時の対応などは基本的に会員が実施すべき行為です。「いつでも、手軽にちょっとだけ」利用のために、駅近へのステーションの配備や、分単位の課金体系などが特徴的です。
図1 カーシェアリングサービスのイメージ
海外では、アメリカのZipcarやTuro、欧州のSHARE NOWなどが代表的なサービスです。ボストンでスタートしたTuroは、一般の人がアプリ上で自分のクルマを直接時間貸しするP2P(ピアトゥウピア)カーシェアリングといった特徴的なサービスです。SHARE NOWについては、かつては、ダイムラーの「Car2Go」とBMWの「DriveNow」というそれぞれ別のサービスでしたが、現在は統合運用され、欧州の様々な都市に大規模に展開されています。
日本では、Times Car PLUSやOrix CarShareなどが代表的なカーシェアリングサービスです。自動車会社自らがプロバイダーとなっているホンダの「EveryGo」や日産の「e-シェアモビ」、「トヨタシェア」などもあります。消費者庁の調べによれば、日本におけるカーシェアリングの規模は、2022年には、車両台数は5万台を超え、会員数は約260万人、ステーションは2万箇所程度といった状況であり、ここ10年で都市部を中心に劇的に急増しています。コロナ禍による移動制限で、一時的に停滞しましたが、収束に向かうのに伴い、以前の成長率に戻りつつあります。
コロナ禍を経て観光需要が回復しつつある中、都会でのちょいのり需要だけでなく、観光地などでの観光客向けのプランや長時間レンタルが提供され、利用が広がっています。地方で点在する観光スポットを公共交通機関で回るのは、あまり効率的ではなく、カーシェアを予約し、駅直結のステーションから出発し回遊できれば、便利なのは想像に難くありません。簡便な手続きで、分単位での利用が可能なので、条件によっては、レンタカーより安価で時間効率のよい利用ができる可能性が高いです。
ライドシェアサービス
ライドシェアサービスとは、一般的には車を所有する個人が、他の人を乗せて目的地まで一緒に移動する共有の乗り合いサービスを提供するものです。ガソリン代、高速道路代などを一人で負担するより、同乗者全員で割り勘したほうが経済的なのはあきらかです。また、公共交通機関には及ばないものの、一人当たりのカーボンニュートラル化への貢献も期待できます。
海外では、ドライバーも目的地が同じである相乗りサービスは「カープール」や「バンプール」などと呼ばれ、有償で送迎をしてくれる配車サービスのことは「ライドヘイリング」という言葉で区別されています。日本では、現時点では、配車サービスもライドシェアと呼ばれており、この講座でも倣うことにします。
カーシェアリングもライドシェアも本質的にはマッチングサービスですが、前者は、「乗りたいドライバー」と「クルマ」、後者は、「乗せたいドライバー」と「乗りたいヒト」のマッチングになります。ライドシェアの利用時は、スマホアプリを使って、希望の目的地や乗車時間を提示し、条件に合致するドライバーとのマッチングを試みます。マッチングした場合には、指定の場所・時間で待ち合わせ、目的地まで運んでもらいます。乗車時に目的地を改めて伝える必要はなく、料金も乗車区間によって決められています。降車後にチップ額の入力やドライバーの評価を行い、サービス終了し、カード決済されます。需給マッチングの正確さ、相互評価システムへの安心感、乗車前に行き先や料金を共有できる利便性などが、世界的に普及拡大している理由です。皆さんも海外で実際にライドシェアを利用され、その便利さを実感されている方も少なくないと思います。マッチングアプリのプラットフォーム企業としては、Uberが世界で800以上の都市に進出するなど躍進し、中国の滴滴出行(ディディ チューシン)などのライバル企業としのぎを削っています。
日本では、一般人が自家用車を用いて有償で他人を運送することは、いわゆる「白タク」行為にあたり法律で禁止されているのが現状です。Uberも、日本におけるサービスはタクシー配車サービスにとどまっています。タクシー配車サービスでは、Google Mapで経路検索すると表示されるGO,S.RIDEなども有名です。
ライドシェアの対応については、タクシー業界の反対や安全面などの懸念から反対意見も根強い中、2023年10月の臨時国会で、総理が、「地域交通の移動の確保という深刻な社会問題に対応しつつ、『ライドシェア』の課題に取り組んでいく」と言及し、国会などで大きな議論になり、12月には、タクシー会社が運行管理することなどを条件に、一部解禁する方針が決まりました。
それを受ける形で、東京のハイヤー・タクシー協会は、一般のドライバーが自家用車を使って有償送迎するサービスを4月より東京都内で開始すると表明。都内のタクシー不足解消に向けて全国に先駆けて導入される状況になっています。
様々な課題の解決はもちろん必要だとは思いますが、個人的には、Uberのような利便性の高いライドシェアサービスの早期導入を期待しています。
MaaS
MaaSの一般的な概念は、ICTを活用して、交通にまつわるデータをクラウド化し、地域住民や旅行者のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通に、マイカー、S&S、徒歩なども加え、移動サービスを最適に組み合わせて、検索・予約・決済等まで一気通貫で行うサービスというものです(図2)。
MaaSの誕生のきっかけは、フィンランドの大学生であったSonja Heikkilä(ソンジャ・ヘイッキラ)氏が、2014年に発表した論文といわれています。「MaaS論文」と呼ばれ、執筆の依頼主であるヘルシンキ市都市交通局の取組みを後押しし、世界中にMaaSのコンセプトを広める役割を果たしました。その後、MaaS グローバルの創業者兼CEOであるSampo Hietanen(サンポ・ヒータネン)氏が、2016年からMaaSプラットフォームサービスである「Whim(ウィム)」による本格的なサービスをヘルシンキ市で開始しました。これを先進事例とし、世界中でビジネスとしてのMaaS実現に向けた動きが加速していくことになります。Whimは、市内のすべての公共交通機関に加えて、S&Sやレンタカー、タクシー、電動キックボードなどもひとつのサービスとして統合。スマートフォンアプリを通じて、マルチモーダルなルート検索や予約、支払いが可能です。サービス開始後、ヘルシンキの公共交通の利用割合は48%から74%へ増加し、マイカーの利用率は40%から20%へ減少したそうです。
世界の他の地域での先進的な取り組みとしては、ダイムラーがドイツで手掛ける「moovel」や、ドイツ鉄道(DB)の鉄道系MaaS、ロサンゼルス市の「GoLA」、中国の「DiDi:滴滴出行(ディディチューシン)」などが挙げられます。
日本では「MaaS」という言葉は、まだポピュラーではありませんが、日本の社会に大きなインパクトを与えるものとして注目を集めています。国を挙げて日本版MaaSを模索していこうという動きとして、MaaSの社会実装をめざす一般社団法人「JCoMaaS」が2018年末に発足。2019年には経済産業省と国土交通省の協働で立ち上げたプロジェクトである「スマートモビリティチャレンジ」が発表されました。特に地方の高齢者や過疎地域住民などの交通弱者に手を差し伸べることによる移動の確保は、喫緊の課題解決への取り組みとして期待されています。
日本での自動車会社系MaaSとしては、トヨタ自動車が手掛ける「my route」が代表的な取り組みとして挙げられます。JR九州や西鉄グループなどと連携し、2019年11月から福岡県福岡市で本格サービスを開始したあと、各地に本格的にサービス展開を開始しています。国内では、交通事業者や自治体ごとに特定の地域でのサービスを実施している場合が多いですが、サービスの広域展開は特定の営業エリアを持たないトヨタならではという特徴があります。
日本の鉄道系MaaSとしては、JR東日本のMaaSプラットフォーム「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」を使ったサービスが挙げられます。2020年より鉄道を主体として、タクシーなどとも連携した情報・購入・決裁のオールインワン提供サービスである「Ringo Pass」が提供開始されています。
最後に、フォーラムエイトの宣伝を少々。フォーラムエイトは、そもそも土木・建築分野の設計支援パッケージソフトウェアの開発販売で創業し、土木設計ソフトウエアではトップクラスのシェアを誇っています。その後、自動車開発など、交通分野への適用拡大を図ってきました。街づくりと交通を同時に取り扱うことを得意としたツールであり、移動に対する地域の様々な課題解決を目指すMaaSの企画立案に最適なソリューションのひとつです。新たなサービスを企画し、VR、メタバース技術なども活用しながら、フィジビリティスタディや合意形成を希望される方は、フォーラムエイトまで一報くだされば、きっとなんらかのお役に立てることと思います(図3)(図4)(図5)。
今後の展望
「Mobility」という言葉は、近年はクルマや電車などの乗り物そのものをイメージさせる使われ方をしていますが、本来の意味は、「機動性、流動性、移動型、・・」などであり、Mobileの名詞形に相当します。
最近の研究により、「人は移動するほど幸福感を感じる」ことが証明されてきました。移動への欲求は、生存戦略のひとつとして、遺伝子レベルの人間の本能ともいわれています。VRやメタバースが想像を超えるような進化をすれば、ある程度は移動の欲求を叶えることができるのかもしれませんが、なかなか満腹には至らないのではないかと思います。全世界の20%のヒトには、そこに留まり続けていることが耐えられないほどの、旅人の遺伝子といわれるDRD4-7Rが組み込まれているようです。移動欲求を叶えるソリューションとしてMaaSの発展は期待されています。
MaaSが進化していくにつれ、いままでは個別の事業者に閉じていた移動に関するデータが、ひとつのプラットフォーム上で有機的に統合され、ビッグデータとして、移動にまつわる有効なデータを形成します。そこから生み出される情報資産は、GAFA+も得ていない情報であり、大きな資産価値があると考えられます。MaaSは今後大きな発展を遂げるポテンシャルがありますが、世界であるいは日本で、どのプレーヤーがどんな形で覇権を握っていくのか目が離せません。
さて、このコラム記事が、Up and Comingに掲載されるのは、春らんまん真っただ中の予定。確実に20%側に所属する筆者に組み込まれたDRD4-7Rが、激しく騒ぎ出している頃です。今頃は、間違いなくカメラを持って京都あたりに出かけてMaaS。
(Up&Coming '24 春の号掲載)
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