いのち輝く未来社会への入り口
大阪・関西万博、体験の始まり

大阪大学 教授 福田 知弘

2025年4月13日、大阪・夢洲(ゆめしま)でついに開幕した大阪・関西万博。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。160を超える国・地域、国際機関が参加し、先端技術と多彩な文化が交差するグローバルイベントとして注目を集めている。本レポートでは、現地での体験をもとに、特に印象的だったパビリオンや展示、そして空間構成についてご紹介したい。

木の建築がつなぐ、世界の輪
──「大屋根リング」

会場のランドマークとしてまず目を引くのが、「大屋根リング」と呼ばれる巨大な木造構造物(図1)。直径約675メートル、全周2025メートルという世界最大級のスケールを誇り、2025年の年号にちなむこの数字は、万博のメモリアル性を象徴している。構造材には日本各地の木材が主に使用され、環境配慮と地域連携のメッセージが込められている。すでにギネス世界記録にも認定されており、日本の木造建築技術の粋を世界に示すランドマークとなっている。

この「大屋根リング」の内側には各国のパビリオンが集結し、外周には日本館や企業パビリオンが並ぶ構成になっている。建物の高さはリングよりも低く抑えられており、全体のシルエットに統一感をもたらすと同時に、来場者の視線が自然とリングに集まる設計がなされている。

【図1】 大屋根リング

【図2】 スカイウォーク

空と海と建築が交差する、圧巻のスカイウォーク

万博会場は人工島・夢洲に位置しており、海上に浮かぶ都市のようなロケーション。しかし、地上からは防波堤の影響で海の気配を感じにくくなっている。そこで用意されたのが、高さ12メートル(外側では最大20メートル)におよぶ屋上回廊「スカイウォーク」。この回廊に上ると、リングから会場全体を俯瞰でき、瀬戸内海の風景も遠望することができる(図2)。

とりわけ夕刻には、リングを貫く夕日と、海に沈む光のグラデーションが重なり合い、訪問者に深い余韻を残すだろう(図3)。

【図3】 スカイウォークからの夕景

芸術と技術が響き合う空間
── イタリア館の精緻なる展示

イタリア館に足を踏み入れると、訪問者を迎えるのは、長い歴史を通じて培われた芸術と技術の結晶だ。圧倒されるのは、イタリアが誇る文化遺産の実物展示(図4)。古代ローマ時代の大理石彫刻「ファルネーゼのアトラス」は、ギリシャ神話に登場する巨神アトラスが天を背負う姿を力強く描写したもので、彫刻の力感と均整美が見る者に深い印象を残す。

バロック期の巨匠カラヴァッジョによる名画「キリストの埋葬」は光と影の劇的な対比をもって配置されている。ルネサンスの万能人レオナルド・ダ・ヴィンチによる直筆スケッチも鑑賞できる。

【図4】 イタリア館

これらのビッグ・ボスに目を奪われがちだが、16世紀末に日本からヨーロッパへ渡った「天正遣欧少年使節団」のリーダー、伊東マンショの肖像画は、東西交流の歴史を静かに語っている。そして、1920年にローマから東京までの飛行を果たしたパイロット、アルトゥーロ・フェラーリンが操縦した飛行機の復元展示は、当時の航空技術の粋を伝える貴重な資料として存在感を放つ。

歴史と創造の対話
── フランス館で味わう芸術の連なり

フランス館を訪れると、パリの象徴でもあるノートルダム大聖堂の「キマイラ像」が出迎えてくれる(図5)。2019年の火災を奇跡的に生き延びた実物であり、この像と日本で対面できること自体が、万博ならではの体験といえる。

【図5】 フランス館

続いて、ルイ・ヴィトンが演出する部屋が広がる。ロダンの彫刻「カテドラル」を、壁いっぱいに埋め込まれたヴィトン・トランクが取り囲む。それぞれのトランクは内部に映像を投影する仕掛け。

一旦屋外に出ると、そこには樹齢1000年を超えるというオリーブの木が姿を現す。南仏からの風 を感じさせるその存在は、生命の持続や再生を象徴するものとして、訪れる者の心を静かに打つ。ディオールのエリアでは、仮縫い段階の白い衣装(トワル)が整然と展示され、卓越したオートクチュールの職人技を間近に感じることができる。

フランスと日本の文化遺産にまつわる興味深い対比も用意されている。同じ年に火災によって大きな損傷を受けたノートルダム大聖堂と首里城。両者に共通する「再生への祈り」と「記憶の継承」に対するオマージュがなされており、東西の文化を結ぶ深い精神性が感じられる構成となっている。

最後に、セリーヌによる日本の伝統工芸との協奏展示(4月13日~5月11日限定)。伝統工芸である「輪島塗」を現代へアップデートする「彦十蒔絵」とのコラボレーションは、フランスのモードと日本の美が静かに響き合っていた。

【図5】 フランス館

サウジアラビア館
── 伝統都市の知恵を再構築

サウジアラビア館は、伝統的な都市構造──狭い路地と内向きの広場──を現代的に再解釈した空間が印象的(図6)。巨大な立体モジュールが迷路のように連なり、訪問者はその合間を彷徨いながら、文化や未来構想に触れていく。

この設計は、古来の都市に備わっていた環境調整の知恵──日差しを遮る壁面、風の通り道、静寂を保つ空間構成──を、建築的に再現したもの。展示は華美に走らず、むしろ控えめな演出の中に、文化の深みと現代的な洗練が感じられた。

一方、「ビジョン2030」や未来都市「NEOM」に象徴される国家の転換点を示す構成は、静かだが確かな意志を伝えていた。

【図6】 サウジアラビア館

TECH WORLD
── 技術が紡ぐ体験型アート

「TECH WORLD」では、AIや点群データ、半導体技術といった先端技術が、アートと融合したインタラクティブ展示として展開されている(図7)。来場者は、身体や動きに応じて変化する映像や音に包まれ、技術と創造性の共鳴を肌で感じる構成だ。

記憶に残る没入感があり、「未来をつくる力」を体感できる。

【図7】 Tech World

その他の注目パビリオン:
文化と創造の多様な表現

各国のパビリオンでは、それぞれの文化的アイデンティティと未来志向のデザインが融合し、来場者に多彩な体験を提供している。

【図8】 チェコ館

チェコ館は、ボヘミア・ガラスと木材を用いたらせん状の建築が印象的(図8)。館内では、アール・ヌーヴォーの巨匠アルフォンス・ミュシャの彫刻や、現代アーティスト ヤクブ・マトゥシュカによる鮮やかな壁画が来場者を迎える。

ウズベキスタン館は、大屋根リングと共鳴するような木造建築で構成され、温かみある素材感が際立つ(図9)。屋上は、静かな展望スポットとしても魅力的だ。

【図9】 ウズベキスタン館

スペイン館では、ゆるやかな階段を上って館内に入ると、海をテーマにした展示が展開され、スペインと日本の長年のつながりが浮かび上がる。ポストカードやビジュアル資料も豊富。

英国館は、プロジェクションマッピングとインタラクティブゲームで構成され、英国と日本の文化的共通点を体感的に学べる内容(図10)。展示に参加する楽しさが、理解を深める手助けとなる。

ブラジル館は、音楽やダンスを通じて来場者を陽気なリズムの世界へと誘う(図11)。五感で楽しむ文化交流の空間である。

【図10】 英国館

【図11】 ブラジル館

ブルガリア館では、キリル文字の起源を軸に、プロジェクションマッピングやQRコードを使った展示が展開され、来場者の参加を促す工夫が見られる。

クウェート館は、巨大な天球スクリーンの下に寝転んで映像を鑑賞するという、没入感ある体験が特徴(図12)。未来的かつくつろげる展示演出が印象に残る。

【図12】 クウェート館

ポルトガル館では、ポルトガル語と日本語の意外なつながりに焦点を当てた展示が興味深い。縄を用いたファサードのデザインが内部のインテリアと連動し、空間全体に一貫性を持たせている。

カナダ館では、タブレットを片手に、各所に設置されたオブジェにかざすとARコンテンツが展開。テクノロジーと自然観が融合した独自の世界観を描いている。

歩く、渇く、そして味わう

万博会場では、ただ歩くだけでも楽しい。しかしその広大さゆえ、いつしか喉が渇くのもまた事実だ。そんな来場者のために、場内には無料の給水機が多数設置されている。マイボトルを持参すれば、気軽に水分補給が可能で、ボトルの洗浄機まで完備されているのはありがたい。

一方で、各国パビリオンが提供する飲料も見逃せない(図13)。チェコ館では、ピルスナービール発祥の地らしく、伝統的な「ハラディンカ」スタイルで注がれた一杯を味わった。スペイン館では、地元で親しまれている「Mahou」の生ビールを、展示の余韻にひたりながら楽しむ。イギリス館の「ジョニーウォーカー・バー」のように、洗練された空間の中でひと息つくのもまた一興。

展示やショーを巡る合間のこのひとときも、万博体験の豊かさを構成する大切な要素である。

【図13】 水分補給

未来社会の縮図、大阪・関西万博

大阪・関西万博は、最新技術と文化が交錯する「未来社会の縮図」。各国パビリオンの創意工夫に加え、「コモンズ」と呼ばれるゾーンでは、より多くの国々が独自の視点から展示を展開しており、その多様性の奥行きに圧倒される。

筆者はまだ日本館やシグネチャーパビリオンの多くを訪問できておらず、次回以降の楽しみに取ってある(図14)。会場中心部の「静けさの森」は、その名の通り喧騒から離れた静寂の空間で、ひと息つくのに最適だ(図15)。

【図14】 シグネチャーパビリオン

【図15】 静けさの森

これから訪れる方へ―公式アプリの活用、スマートフォンの予備バッテリー、そして歩きやすい服装の準備をお忘れなく。計画的に回れば、万博は知的好奇心と発見に満ちた一日になる。

(Up&Coming '25 盛夏号掲載)




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