Academy Users Report
アカデミーユーザー紹介/第43回

拓殖大学 工学部
デザイン学科 シビックデザイン研究室

Takushoku University

視覚化技術を活用、交通安全や都市計画などインフラ整備策を中心に研究
UC-win/RoadベースのDSでノウハウ蓄積、自転車シミュレータで新展開も

拓殖大学
URL https://feng.takushoku-u.ac.jp/course/id
所在地 東京都八王子市
研究開発内容:交通安全対策、まちづくりおよび地域活性化策

拓殖大学工学部デザイン学科 准教授
永見 豊(ながみ ゆたか) 氏

「研究室の特徴的なのが、シミュレータによる走行体験を用いた交通安全対策と、まちづくりおよび地域活性化という二つを研究の柱としているところです」

拓殖大学工学部デザイン学科の永見豊准教授が建設コンサルタント会社を経て同大に転身したのは2004年。当初は前職時代の実績もあり、橋梁を含むインフラ全体の設計も研究対象としていたのが、次第に交通そのものへとウェートをシフト。さらにその後は、前述のようにインフラに関連した交通安全およびまちづくりという大きく二つを柱に据えて研究に取り組む流れになってきている、と語ります。

同氏が指導する「シビックデザイン研究室」では科学研究費(科研費)助成事業に採択された2009年、自身が建設コンサルタント会社在職中から注目していたフォーラムエイトの3DリアルタイムVRソフトウェア「UC-win/Road」ベースのドライブ・シミュレータ(DS)を導入。反復効果に着目した走行空間デザインに関する研究に初めて適用しています。以来、シミュレータを用いた交通安全に関する研究を同研究室の継続的なテーマと位置づけ。そうした一環として、2024年度には同様にUC-win/Roadベースの自転車シミュレータも導入。従来のクルマに加え、自転車からの動的視点を考慮した交通シミュレーションが可能な研究環境を構築しています。さらに、永見准教授は当社が毎年開催する「学生BIM&VRデザインワールドカップ(VDWC)」の利用意義を早くから認め、研究室の学生による参加を後押し。これまでに複数の学生がノミネート賞を受賞されるなど実績を誇ります。

視覚効果を用いた交通安全対策の研究にDSを導入


125年の歴史誇る大学でアイディアの視覚化通じ社会的課題に対応

拓殖大学は1900年、桂太郎(初代校長)により台湾協会学校として創立。以来、125年を経る中で専門学校時代を挟み、1918年に現行の校名に改称。国際大学のパイオニアを標榜し、組織の再編・拡張を続けてきています。

現在は商学、政経学、外国語学、国際学および工学の5学部、経済学、商学、工学、言語教育、国際協力学および地方政治行政の6大学院研究科を設置。大学・大学院を合わせて9千人超の学生に対し、230人超の専任教員、非常勤教員等を含めると900人超の教職員を擁し、文京および八王子国際の2キャンパスを配置しています(数字は2023年5月現在)。


今回お訪ねした永見准教授が所属する工学部は機械システム工学、電子システム工学、情報工学およびデザイン学の4学科より構成。そのうち、アイディアを視覚化し共感してもらうための表現力の獲得に重きを置くデザイン学科は感性デザイン、生活デザイン、プロダクトイノベーション、メディアクリエイティブおよびソーシャルデザインの5コース、Webデザインおよびビジュアルコンピューティングのコラボ2コースを設置。同氏は社会的課題の計画やコンセプトなどを対象とするソーシャルデザインコースで主にインフラ整備に関わる分野を担当しています。



研究室の研究分野と独自のアプローチ

永見准教授がシビックデザイン研究室を開設(2004年)した当初は、交通インフラの整備に関わる様々な課題に対し、アイディアの視覚化に専ら3DCGを利用。冒頭で触れたように2009年、科研費助成事業に初めて採択されたのを機にUC-win/RoadベースのDSを導入。シミュレータによる視覚効果を考慮した交通安全対策の研究は以来、同研究室の特徴的なアプローチの一つとして位置づけられてきています。

また、研究室ではインフラ整備の一環として都市計画もカバー。そこで「都市計画の研究をやりたい」という学生には、その開催趣旨やテーマ設定がふさわしい上に、UC-win/Roadに関する自身らのノウハウもあったことから、VDWCを紹介。人数的な制約がある中で参加チームを編成し、期限内の作品制作が可能なケースでは積極的にエントリー。複数回、ノミネート賞の受賞に繋げています。

第3回学生BIM&VRデザインコンテスト オン クラウド 審査員特別賞 タワー・オブ・パワー賞
作品タイトル :tokyo bay tower
チーム名 :nagami design squad
所属 : 拓殖大学(日本)
 
第9回学生BIM&VRデザインコンテスト オン クラウド ノミネート賞
作品タイトル :Discover Japan
チーム名 :NAGAMI DESIGN ARMY
所属 : 拓殖大学(日本)

同研究室では主に学部4年生による卒業研究が取り組まれており、2024年度は9名が在席。それぞれDSや自転車シミュレータを利用した交通安全対策、あるいはそれらと異なる手法でまちづくりや地域活性化に関わる研究を実施。同准教授はそうした成果の一端として、DSや自転車シミュレータを用いた交通安全技術向上のための研究、そのほかウルシの木の活用プロジェクトや水辺の活用を通じた地域活性化の研究、などの例を挙げます。


VR ⾃転⾞シミュレータを⽤いた⾛⾏体験によるハザード知覚の向上
事故が起きやすいシーンをUC-win/Road上で再現


DS利用の研究例:高速道SA案内標識のデザインと配置の比較検討

2024年度に取り組まれた卒業研究のうちUC-win/Road DSをアイディアの視覚化で用いた例として、永見准教授は倉林宏河さん(当時、デザイン学科4年)による「サービスエリア(SA)入路部における分かりやすい駐車スペース案内標識のデザインと配置」を挙げます。

これは、高速道路SA入路部に大型車や普通車、バイクなど車種によって異なる駐車場所へ誘導するため大型・小型標識各1枚が設置されている現状に対し、標識のデザインや配置が異なる複数代替案とそれらの分かりやすさを比較検討したもの。株式会社ネクスコ東日本エンジニアリングとの共同研究で、実験に当たっては運転タスクを与え、短い時間でどの標識のデザインと配置が最も分かりやすいか判断するため、DSを利用。UC-win/Roadで当該SA空間や標識の比較案を作成し、交通流がある中で大型車に追随する状況を設定。高速道路での運転経験が少ない大学生20名を被験者に実験を実施。結果についてはデザイン案・配置案ともに統計的検定により有意な差が見られることを確認。その上で実験を通じ、デザインでは地と図の配色とコントラスト、配置ではドライバーが標識を認識してから判断するまでに必要な距離と時間に関係する考察が得られた、といいます。

市原SA入口部での駐車マス案内標識
デザインの比較案
DSでの見え方 大型標識


自転車シミュレータ利用の研究例:ハザード知覚の向上

「近年、交通事故全体に占める自転車事故の比率が増加。その対策として各自治体では自転車シミュレータを利用した交通安全教室などを行っています」。ただ、その多くはシミュレータの視覚的な臨場感が低い上、1回しか体験しないなどの弱点もあったことから、三澤翔さん(取材時、デザイン学科4年)は「VR自転車シミュレータを用いた走行体験によるハザード知覚の向上」を卒業研究として取り組んだ、と振り返ります。

研究では、自転車のペダルやハンドル操作を忠実に再現した自転車シミュレータとHMDを組み合わせるなど、臨場感を高度化。さらに、事前調査を反映し実際の自転車事故事例に基づくシーンを含むシミュレーション空間をUC-win/Roadで作成。併せて、シナリオのパターンを増やし被験者が毎回異なるコースを走行できるよう設定。大学生14名を被験者に3週間の間隔を空けて2回ずつ実験を行い、学習効果によるハザード知覚(道路上の危険予測)向上について検証。全体的に2回目の事故発生率が低下し、シミュレーションを繰り返すことによるハザード知覚の向上効果を確認。その中で、追い越し車両との事故に関しては1回目と2回目で有意な差が見られず、背後から来る車両の音もしっかり再現することでより現実の事故発生状況に近い実験環境を構築する課題も得られた(三澤さん)といいます。

本格的な自転車シミュレータを導入し、リアルな走行環境を再現


UC-win/Roadシミュレータで広がる可能性、新年度の展開も視野

「アイディアを視覚化し、例えば、交通安全の対策案などを検証するのにとても優れたソフトだと思います」

永見准教授はまず、UC-win/Roadについて家や標識、道路標示、あるいは樹木といった添景を形成するための素材が予め用意されており、それらを並べていくだけで簡単に道路空間を作成できる、と操作性の良さを評価。また、あまり身近にないソフトなだけに同研究室では毎年4、5、6月と同氏が自ら学生に対し基本的な操作方法を集中的にレクチャー。その後はQ&Aがしっかりしていることもあり、それらを利用しながら学生は慣れてくるに従い、自身らでさほど難しくなさそうに使っている、との見方を示します。

卒業研究で実際にシミュレーションを作成した観点から三澤さんも、シナリオ作成では一つひとつ自らプログラミングするのと違い、その手軽かつとっつきやすさを実感。しかも、クルマや子供の急な飛び出し、事故発生シーンなどをリアリスティックに再現。被験者の反応からもその臨場感の高さが窺われ、実験そのものの精度や安全意識向上への効果が期待された、と述べます。

UC-win/Roadを使った研究を学会などで発表した際、他校の研究者らに「良いソフトなのでぜひ活用しては」と勧めると、「羨ましい。導入したいけれど費用の問題もあってなかなか難しい」といった声を聞くことが少なくない、と永見准教授は述懐。その意味では、冒頭で触れたフォーラムエイトのVDWCは所定の基準を満たして参加すれば、学生はUC-win/Roadを始め先進のソフトウェアやソリューション製品を無償で使用可能。その上で、BIM/CIMとVRを駆使して建築土木のデザインを日本のみならず世界中の学生と競えるメリットを説きます。

同研究室ではこれまで、危険の察知や回避など交通安全対策に関わる研究にシミュレータを用いるのが主流でした。これに対して永見准教授が現在注目するのは、自転車道を中心とするインフラ整備の研究への自転車シミュレータの適用。例えば、自転車で走行中の道路利用者が風や音とともに景色の移り変わりを楽しめるシークエンス景観にフォーカス。自動車とは違う自転車ならではのシークエンス景観の楽しみ方、シークエンス景観と人の感動との関係などに迫りたい考えといいます。

「今までは事故が起きないように気を付けるといった、マイナスの状況をゼロにするような発想の研究でした。新年度からは視点を変え、より良い自転車道を作るためにはどんな整備が必要か、といった課題に取り組んでいきたいと思っています」


執筆:池野隆
(Up&Coming '25 春の号掲載)



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