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Vol.42
Academy Users Report
アカデミーユーザー紹介/第42回
愛媛大学 工学部 社会基盤工学/社会デザインコース
F8VPSのメタバースによるインフラメンテナンス教育プラットフォームIMSSを活用
人手不足に悩む地方の技術者育成に貢献、全国展開も視野に
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来たれ!未来の“ドボクリエイター”
愛媛大学 工学部 工学科の教授陣(左端が河合教授)
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オール工学部で地域に貢献!
エンジニアリングモール構想
松山市に位置する愛媛大学は、工学部、農学部、医学部および文系学部を持つ総合的な国立大学として、地方の学術的な拠点としての役割を担っています。中でも工学部は地域との協働に力を入れており、土木、情報、機械、電気など、様々な分野の教員が学科にとらわれず参加して知見を結集し、各学部を串刺しにしたオール工学部チームのような形をとって、地方の企業や自治体が抱える課題解決に取り組んでいます。
これは「エンジニアリングモール」と呼ばれる構想で、今回お話を伺った河合慶有 教授が副センター長を務める社会基盤iセンシングセンター(愛媛県全域)に加えて、船舶海洋工学センター(今治地区)、高機能材料センター(東予・中予地区)、環境・エネルギー工学センター(中予・東予地区)で構成されています。
「工学部では、社会基盤工学コース(定員65名)と社会デザインコース(定員25名)という2つのコースが土木・環境分野に属しています。学生の進路としては、約3割が大学院に進学し、その他はゼネコン、コンサル、地元自治体、国家公務員など、在学中に身に付けたスキルを活かしてほとんどの学生が土木・建設業界に就職しています。」(河合氏)
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愛媛大学 大学院理工学研究科 教授 河合 慶有(かわあい けいゆう)氏
鉄筋コンクリートの耐久性研究と並行し維持管理教育の推進へ
河合氏は東京工業大学(現・東京科学大学)大学院を修了後、海外プラントエンジニアリング会社でのシビルエンジニアとしての経験を経て、2009年からシンガポール国立大学で Civil and Environmental Engineeringを専攻し、Ph.D. を取得。その後、2013年に愛媛大学に着任しました。鉄筋コンクリートの耐久性を専門とし、近年は、微生物を用いたひび割れ補修や腐食抑制技術についての研究を行っています。
「2015年に、コンクリートの微生物によるひび割れ補修で世界をリードしているオランダのデルフト工科大学に留学したことが、現在の研究に繋がっています。この留学を経て、近年では、社会インフラ材料学として既存のコンクリート工学以外の工学的アプローチを取り入れ、様々な材料を幅広く扱うようになりました。具体的には、セルフヒーリングといって自己治癒のようなもので、ひび割れを閉塞し、内部の鉄筋も錆びないような材料設計を行って、コンクリート材料を長持ちさせるものです」。
河合氏が帰国した2013年は、2011年の東日本大震災、そして笹子トンネルの天井板崩落事故などによりインフラの安全性が社会問題として注目を集め、橋梁の一斉点検に関する法令が出されて、2014年からは5年に1回の近接目視の義務化が日本でも始まったというタイミングでした。
その頃から、大学の学部教育などで、維持管理もカリキュラムに取り入れて教えようという流れが全国で広がっていき、コンクリート材料、構造力学やコンクリート実験など、一般的に土木工学科の学生が受講するような定番の科目に加えて、維持管理工学や、社会資本の整備・運用に関する科目の設置が進められたといいます。
当時、そういった維持管理の専門教材は国内には少なく、河合氏は、愛媛県内の自治体の橋梁点検データや、地域特有の劣化症例、学会で得た最新の情報なども取り入れながら、独自の講義資料を作成し、大学で授業を実施。一方で、愛媛大学では、社会人リカレント教育としての「メンテナンスエキスパート養成講座」も、2014年から続けています。地方の人手不足、自治体の財源不足、技術力不足などがありながらも、高度経済成長期からの膨大なインフラを、少人数で何とか見守っていかなくてはならないという課題に直面し、南海トラフ地震も想定されている中で、産官学共同での人材育成が求められている状況です。
内閣府戦略的イノベーションプログラムSIPでは、インフラメンテナンス教育を、各地域に特化した劣化症例などもセットで行う仕組みを全国展開することで、国全体で維持管理分野の技術人材・デジタル人材育成を目指すプロジェクトを立ち上げています。このスマートインフラマネジメントという課題における戦略的ヒューマンリソースの活用という観点で、愛媛大学では河合氏が中心となって、全国展開可能な教材やノウハウ、教育プラットフォームを構築するための活動を継続してきました。
地方自治体の人材育成にインフラメンテナンス教育プラットフォーム「IMSS」を導入
このような活動を模索する中で、河合氏は、2023年2月に参加した「地方創生・国土強靭化FORUM8セミナー 松山」でフォーラムエイトのデジタルツイン技術に触れ、VRの活用可能性を認識。今回、F8VPS(フォーラムエイトバーチャルプラットフォームシステム)のWebVRによるインフラメンテナンス技術者教育用のデジタルプラットフォーム「IMSS(インフラメンテナンス・スマート・シミュレーター)」の導入に至りました。
「ちょうど、橋梁・トンネル・山の斜面安定などの点検作業のデジタル化を構想していた時期でした。大学教員・研究者が持つノウハウと、フォーラムエイトのWebVRシステムを組み合わせることで、デジタルも学びつつインフラメンテナンスも効果的に学ぶことができる教育プラットフォームが実現するのではないか。全国どこからでも、また、とりわけ人手不足の著しい地方の過疎地域のようなところであっても、仕事を抱えながら隙間時間に学ぶことができる。デジタルツイン自体も我々が目指していたものでしたが、それをWebVRとして展開することで、よりフィールドワークに特化した形のシステムが実現するのではないかという着目点でした」。
建設から50~60年経過した橋梁やトンネルが増えている一方で新設は減っているため、最近の技術者は、実際に作るところに携わっていなければ、中の構造がどのようになっているかがわかっていないという場合もあります。特に、文系出身者が地方自治体に入って、橋梁の点検業務だけを外部に発注し、上がってくる点検調書の内容がわからないといったケースもあり得るため、初学者向けにも有効な内容を意識していると、河合氏は述べます。
土木で重要なフィールド実習をF8VPSのメタバースで効果的に実施
「土木教育では実際の現場に行くことが最も大事」と強調する河合氏は、受講者全員で現地の橋梁やトンネルに行って、講師が実際に叩いたり、見るべき箇所を示すといった説明を行うのが理想ではあるものの、現実には時間が取れなかったり、30人、40人といった大人数では難しかったりといった問題があるといいます。IMSSを活用すれば、時間や場所の制約にとらわれず、臨場感のある肌感覚でインフラメンテナンスを学ぶことができると、メタバースによる教育の有効性を述べます。
WebVRプラットフォームF8VPSにより、インフラメンテナンス、橋梁や構造物などの知識を学ぶことのできるメタバース空間として構築されたIMSSは、利用者として講師と受講生を想定しており、空間移動、画面共有や視点の操作・共有、チャット/ミーティングなどのコミュニケーション機能で、授業形式での使用が可能であると同時に、学生が自習や独学で活用することもできます。
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メタバースF8VPSで構築したIMSSでは、チャットやミーティングなどのコミュニケーションのほか、講師と受講生は同じ空間を共有しながらインフラメンテナンスを学ぶことができる
また、3Dデータや点群データの取り込みによる橋梁の設計データの可視化や、損傷箇所の表現に加えて、近接視点による確認モード、打音シミュレーションや非破壊試験データの確認といった、インフラメンテナンス教育に欠かせない内容を備えています。
「ここを点検したら、こんな風に修復しなければいけないですね、一方ここはそのままにしておいても大丈夫ですね、といったような説明が可能な、インフラメンテナンス教育におけるシミュレーターとしての活用を想定しています。これまで開催してきた講座のデータや古い橋梁の点検データなども残っていますので、そういったデータベースと合わせて、過去の劣化症例はどのようなものだったか、設計基準はどうなっているか、50~60年間使ってきた橋梁は今どんな状態になっているかといったことなどを、確認・体験しながら学習できるようなシステムを目指しています」。
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大規模な点群データをブラウザ上で表示、アバターで自由に移動し点検。損傷箇所をポリラインやポリゴン、クラッチスケールなどのツールを用いて3D空間上に記録、一覧で管理できる
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IMSSではアバターによる様々な視点での近接目視や、ひび割れの計測、打音シミュレーションなどが可能なほか、非破壊試験や過去の点検データ、調書の確認も可能となっている
デジタルインフラメンテナンスミュージアムへの展開
地方自治体の人材教育を目的として構築されたIMSSの効果を実感したことで、VRシステムを活用し、大学での教育や、さらにもっと幅広い層が土木の知識に触れられるような機会も実現したいという河合氏。土木については初心者から高度な熟練技術者まで、また、デジタルについても、ITリテラシーの有無や、今の若い世代のようなデジタルネイティブ世代など、様々な人達に使ってもらえるようなシステムとして、IMMSを発展させたデジタル・インフラメンテナンス・ミュージアム(DIMM)への展開も進んでいます。
「メタバース上で、インフラメンテナンスや橋梁や構造物の知識を楽しみながら学べるようなミュージアムを考えています。雨風や日射によって橋の経年劣化がどのように進んでいくか、また、対策をした場合がそれがどう違ってくるかといったようなシナリオで、アバターのキャラクターが登場して説明してくれるような、こども向けのプログラムがあってもいいと思います。たとえば、VRゴーグルを使った体験会を実施したり、100人単位で空間に入ってクイズに答えながらインフラメンテナンスに親しんでもらうようなゲームを用意したりなど、メタバースには様々な可能性があると思います」。
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愛媛大学 工学部 社会基盤工学コースの皆さん
執筆:池野隆
(Up&Coming '25 新年号掲載)