Vol.26
Academy Users Report
アカデミーユーザー紹介/第26回
大阪大学大学院 人間科学研究科
応用認知心理学研究分野/安全行動学研究分野
心理学や安全を軸に行動学系の視点から多様な研究を展開、UC-win/Road DSベースの仮想空間活用で広がる研究の可能性
大阪大学
URLhttps://www.hus.osaka-u.ac.jp/
所在地大阪府吹田市
研究内容 (応用認知心理学)日常的場面での人間の行動と認知の研究、(安全行動学)実社会の安全性向上を目指した心理・行動学的研究
大阪大学 大学院 人間科学研究科
人間行動力講座・応用認知心理学研究分野
篠原 一光 教授
「我々は(主には)文系ですので、独自の技術を開発するというのは多分、難しい。ですから、既存のいろいろな製品やサービスをどううまく使えば我々の課題解決に繋げられるか、というところがポイントになってきます」
例えば、方向音痴に関する研究で「どういう人が方向音痴なのか」あるいは「どういう状況で(人は)道に迷うのか」といった実験を想定。かつてであれば、被験者を実際にどこかへ連れていき街中を歩いてもらって、人やクルマの動きをセンサーで測定し、ビデオカメラで撮影した映像をコマ送りして解析する、などの手法が取られていたといいます。
そのうち、FPS(First-Person Shooter)のゲームが出始めると、FPSのマップを作る機能を空間認知や方向音痴の研究に応用。さらに、フォーラムエイトの3DリアルタイムVR「UC-win/Road」をベースとするドライブ・シミュレータ(DS)を導入した後は、UC-win/Roadで作成したVR空間を歩行モードで被験者に移動してもらい、様々な方向やアングルから見せ方をコントロールしつつ「方向感覚の良い人と悪い人でどう違うか」などの研究を展開。これはもともと購入時に、クルマの運転シーンでの活用を意図していたのを、人の移動に置き換えて用いることを着想したもの。つまり、世の中にあるツールや新しい技術を知り、それらをどう活用するかという、工学系の人であれば当たり前のアプローチが自身らにとっては大きなカギになる、と大阪大学大学院人間科学研究科の篠原一光教授(応用認知心理学研究分野)は説きます。
同研究科では、篠原教授が他大学や企業との共同研究に参加した際、UC-win/Road DSの利用可能性を実感。2013年度ヒューマンサイエンス・プロジェクトを機に導入に至りました。以来、同研究科の応用認知心理学研究分野および安全行動学研究分野の2研究室で同DSを共同運用してきています。
日本で初めて「人間科学」を冠した学部/研究科
大阪大学は1931年、国内第6番目の帝国大学として創設。そこでは、緒方洪庵が1838年に設立した適塾をその源流とする医学部、および塩見理化学研究所(1916年設立)を継承する理学部の2学部が設置されました。適塾創設以来180年超を経る中で、同大は新制大阪大学(1949年発足)への移行をはじめ、段階的に体制を拡充・再編。現在は文学部、人間科学部、外国語学部、法学部、経済学部、理学部、医学部、歯学部、薬学部、工学部、基礎工学部の11学部、および大学院の16研究科などにより構成。大学・大学院を合わせて2万3千人超(数字はいずれも2020年5月現在)の学生が吹田、豊中および箕面の3キャンパスを拠点に展開しています。
今回ご紹介するのはそのうち、大学院人間科学研究科に属する応用認知心理学および安全行動学の両研究分野です。大阪大学に文学部から独立する形で、わが国初となる名称を冠した「人間科学部」が設置されたのは1972年。この学内で最も新しい学部は心理学、社会学および教育学を柱とし、文系にウェートを置きつつ理系にも跨る複数の学問分野を束ねて学際的に人間科学の研究を目指す独自のアプローチを構築。これを受け、「人間科学研究科」は1976年に開設。現在、同学部は行動学、社会学、教育学および共生学の4学科目、同研究科は行動学、社会学・人間学、教育学および共生学の4学系からそれぞれ構成されています。
同研究科の各学系には「研究分野」と称する研究室があり、心理学に関係する複数の研究室が行動学系および教育学系に配置されています。そのうち、応用認知心理学および安全行動学の両研究分野は行動学系に所属。人間の行動について様々なアングルから科学的な解明を目指す同学科目には学部生約120名、同学系には院生約50名が在籍しています。
両研究分野における特徴的な取り組み
「私たちの研究分野は交通心理学や応用心理学、人間工学を範疇にしており、これは心理学の学部の中ではちょっと珍しい立場になります」
人間と、現代社会で欠かせない高度な科学技術が集積した機器やシステムとの適合性をより高めることを念頭に、認知心理学の研究に取り組む、応用認知心理学研究分野。そこでは多く交通に関係する研究が行われてきた半面、近年は交通以外の領域で心理学を応用した研究を試みるケースが増している、と同分野を主導する篠原教授は説明。その一端として、自身がここ10年ほど続けているアクセルとブレーキの踏み間違いに関する研究、昨年実施した学習塾のような室内で作業をする環境で集中力を持続するためにはどうするかといった研究などの例に触れます。
一方、安全行動学研究分野は日常生活や産業あるいは交通の場面における人間行動の安全性や快適性、操作性向上に関わる問題について心理学的に解明し、その成果を社会に還元する、とのスタンスを掲げます。同分野の指導教員を務める同大学院人間科学研究科の中井宏准教授はその中で現在、子供の安全にフォーカス。「共創」をキーワードに、地域との連携を通じた社会への還元に注力しつつ、文系の学問でどのように貢献出来るか、探求しているところ、と言います。
UC-win/Road DS導入への経緯
交通心理学の対象となる様々な研究課題の一つとして、篠原教授はドライバーの行動と心理を分析する例に言及します。前述のケースと同様、以前は被験者にアイカメラなどの装置を着けて実際にクルマを運転してもらい、ドライバーの眼前に設置された麦球の発光への反応から運転中の有効視野を測定するなどの実験を行うことが通例でした。ただ、そうした手法は安全上の問題もあって、DSなどを利用するやり方へと段階的に移行。工学系の研究者らとグループを形成していた際には一時、麦球の発光部分はDS前方のCGに描き込むなどして対応。しかしその後、発光部分の機能はLEDを埋め込んだ透明のアクリル板を用いる物理的な手法に回帰していた、と振り返ります。
(既存のDSを)これに更新しましょうと言ったのは私なのです」。運転中の携帯電話使用やカーナビ操作が問題視されていた2011年頃、篠原教授はそれらの動作がドライバーに与える影響に関する他大学の研究室や企業との共同研究に参加。その際、各社・大学ではUC-win/Road DSが設置されており、そこでの経験から同DSの有効視野の測定における活用可能性を確信。それまで長く使用してきた他社製DSが更新時期を迎えていた中、自由度の高さや費用の優位さからUC-win/Road DSへの乗り換えに傾斜。被験者に運転してもらいながら有効視野を測る必要のある研究が続いていた折から、学内での自身らの研究向けに同DSの導入がいよいよ方向づけられました。
2013年度ヒューマンサイエンス・プロジェクトを機に、応用認知心理学および安全行動学の2研究室は実車同様の運転台と3面の液晶プロジェクターを備えたUC-win/Road DSを導入。以来、様々な研究に対し、両者が同DSを共同運用する体制が取られてきています。
同DSの活用による多様な研究展開
自身の関わる研究でUC-win/Road DSを活用した例として、篠原教授は運転中の会話によるドライバーの眠気防止効果を探った研究を挙げます。そこではまず、被験者にDS上の単調な直線道路で先行車と一定の車間距離を保ちながら追従運転をしてもらう主課題を設定。その間の視覚刺激(LEDの点灯)や聴覚刺激(スピーカー音)、触覚(振動)といったマルチモーダル刺激検出課題に対する反応を測定。さらにそのプロセスに、会話(同乗者がドライバーに協力的/非協力的な大きく2種類の内容)、しりとり、暗算、数字入力といった副次課題を課し、それらの有効視野や眠気への影響を比較・分析。運転中の会話がドライバーにもたらす一定の覚醒維持効果を確認しています。
また安全行動学研究分野では道路の路面標示を変えることで運転行動がどう変わるか、などの研究にも同DSを利用。同大学院人間科学研究科の上田真由子助教は、その一環として西日本旅客鉄道株式会社の安全研究所に在籍していた2014年頃、踏切標識のデザインがもたらす自動車ドライバーの行動変容について取り組んだ研究に触れます。遮断棒のない第三種踏切で自動車ドライバーに自発的に停まってもらえる標識を開発すべく、直前横断の禁止・警告、安全行動への感謝、目力による警報確認催促のそれぞれ意を示すピクトグラムを作成。自然な踏切行動を観察するため、ダミーの課題を混ぜつつそれらがランダムに現れるよう設定したDSを被験者が運転し、一旦停止率への影響を測定。列車が実際に通過する条件であれば標識の種類に関係なく一旦停止率はほぼ100%になる半面、そうでない条件下では警告型よりも感謝の意を示す標識の方の効果が窺える結果が得られました。
大阪大学大学院 人間科学研究科
助教 上田真由子氏
さらに、静岡理工科大学情報学部情報デザイン学科の紀ノ定保礼講師は、篠原教授の研究室に助教として在籍していた2016年~2017年当時、学生一人を含む3人で取り組んだ交差点を渡るタイミングのドライバーの意思決定に関する研究を紹介します。これは無信号交差点において、接近車両が運転支援システム(衝突被害軽減ブレーキ)を搭載しているか否かにより、ドライバーの行動パターンがどう変わるかに着目。同じような仕様の2本の道路が交差する環境に、ほぼ同じタイミングで右方向から車両が接近する場面をDSに設定。道路交通法上は優先される立場の被験者が様々な状況に応じてどれくらい強引に交差点に進入するかを観察。その際、接近車両に運転支援システムが搭載されていると事前に教示した場合(換言すれば、接近車両の運転支援システムに対する信頼が高い場合)、交差点進入前にドライバーが減速を開始するタイミングは遅くなることが明らかになった、としています。
大阪大学大学院 人間科学研究科
講師 紀ノ定保礼氏
一方、ヘッドアップ・ディスプレイ(HUD)の普及に伴い当該分野の研究が近年増加しているのを受け、篠原教授は自身らの、HUD像の単眼呈示と両眼呈示を比較した取り組みに言及。単眼呈示に関する研究でDSを使った例はまだ多くないとした上で、いずれのやり方がクルマの運転に適しているかを探った氏らの研究の意義の一端を述べます。
単眼式ヘッドアップディスプレイを使って、ドライビングシミュレータで追従走行するための実験装置
今後の研究方向とDS活用への期待
自動運転機能の更なる普及・発展を睨み、篠原教授はそこでのシステムへの過信や依存の問題に注目。心理学的にそうしたことが起こる条件を探る今後の研究を踏まえ、DS活用の可能性に触れます。併せて、高齢者の運転能力のより優れた評価手法の開発を視野に、新たなシミュレータの在り方を模索していく考えと言います。
そのような際にカギとなるのがツールの活用、と教授は位置づけます。特にUC-win/Road DSは運転や方向感覚などの研究はもちろん、仮想空間を扱う多様な利用シーンに適応することから、空間や行動に絡む研究での有用性を確信。あとは自身らの、人間の行動に関する研究課題にこうしたシミュレータをどう組み込むか、というアイディア次第と説きます。
執筆:池野隆
(Up&Coming '20 秋の号掲載)