今年(2025年)の夏は、日本の野球界にとって、2つのショッキングな事件が相次いだ。
ひとつは高校野球。夏の甲子園大会で、広島県代表・広陵高校の暴力事件が発覚。1回戦を勝ち進んだ時点で、大会途中に出場を辞退したこと。
そしてもうひとつは、来春開催されるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)全47試合の放映権をVOD(ビデオ・オン・デマンド)のNetflixが購入。日本のテレビ放送では、地上波も衛星中継も、前回(2003年)見られたような大谷選手などの日本人選手の活躍を見られなくなったことだ。
この2つの“事件”は高校野球とプロ野球の“別の事件”のように思っている人が多いだろう。が、そこには明らかに共通点が存在している。それはどちらも、日本の伝統あるオールドメディア(朝日新聞と読売新聞)がニューメディア(SNSやNetflix)に完敗したことだ。
夏の甲子園大会は、主催が朝日新聞社と日本高等学校野球連盟(高野連)で、大会会長は朝日新聞社の社長。高野連の会長は大会副会長となっている。
どうして高野連の会長が大会会長にならないのか? それには長い歴史的背景があり、1915(大正4)年の第1回大会以来、戦前の夏の甲子園大会(戦前は全国中等学校野球選手権大会)は、大阪朝日新聞社の主催によって開催、運営されていたのだ。
それが戦後になって、日本を占領したGHQ(連合国最高司令官総司令部)が、学生のスポーツ大会を新聞社が運営するのは良くないから新たに運営団体を作るよう命令。そこで1946(昭和21)年に現在の高野連が創設されたのだが、大会運営の中心は戦前からの朝日新聞社引き継ぎ、大会会長は朝日新聞社社長が務めている、というわけだ。
ならば今回の広陵高校の暴力事件も、新聞社(メディア)がジャーナリズム精神を発揮し、SNSや週刊誌で騒がれた暴力事件を自ら取材し、告発すべきだったはずだはずだ。
今夏SNSに溢れた暴力事件の告発や、週刊文春・週刊新潮に書かれた記事だけでも、もはや高等学校の内部で済ませられる事件とは言えず、傷害罪を伴う犯罪と言えるほどの酷い事件だった、しかも、それを野球部全体で隠蔽していたと思える事件だったのだ。
しかしメディア(朝日新聞)は、事件を取材し告発することなく、被害者の側に立つこともなく、事件の当事者である野球部の参加する大会を主催し、運営する側に立ち続けた。
高校の野球部からは、様々な“事件”が年間1000件以上も高野連に持ち込まれるという。その数は明らかに高野連で処理できるものではない。が、高野連は高体連(日本高等学校体育連盟)よりも1年早く創設されたこともあり、高校の部活動にもかかわらず高体連には加入していない。また“名門”と呼ばれる野球部は私学に多く、県や市の教育委員会による指導を受けることもない(私学の独自性に任されている)。
ならばSNSの告発を待つまでもなく、ジャーナリズム(メディア)の出番のはず。メディア(朝日新聞)は、数多くの不祥事が騒がれてる大会の主催者に収まっている場合ではないはずだ。
WBCの全試合の映像放送がVODのNetflixの独占になったのも、読売新聞というオールドメディアの問題が大きい。が、これは読売新聞社とNetflixの問題と言う以前に、読売新聞社とNPB(日本野球機構=プロ野球)の問題と言うべきだろう。
1936(昭和11)年、日本職業野球連盟(現在のプロ野球)が誕生したとき、野球(スポーツ)は公共の文化だから、それを運営するのは私企業ではなく公共企業が相応しいという考えから、球団経営には、新聞社、鉄道、映画という3種類の“公共企業”が参加した。
今では食品企業、通信企業、IT企業などの私企業も加わるようになったが、創立時からプロ球界全体を牽引してきたのは、読売新聞社(読売ジャイアンツ=巨人)だった。
しかも読売は「伝統の巨人軍が勝たなければプロ野球は廃れる」と主張し、1978年の江川卓投手獲得のための“空白の一日事件”や2004年の“1リーグ制移行画策事件”など、自分勝手な行動に走ることも多く、それに反対する球団には「新リーグを作って参加させない」と脅したりもした。
その結果、メジャーリーグ(MLB)のようにリーグ全体が発展する戦略を打ち出すことができず、かつてロサンゼルス・ドジャースのオーナー秘書だったアイク生原氏は、「MLBの人間は誰もが主語をWe(我々)で話し、メジャー全体で日本のプロ野球と関係を持とうとする。が、日本のプロ野球から来る人は主語がI(私)だけで自分の球団の利益しか考えていない」と私に語ったことがあった。
そんなNPBの構造的欠陥は、残念ながら現在も続いている。
MLBを代表する人物は、10代目のコミッショナーのロブ・マンフレッドという弁護士で、彼は最高執行責任者(COO)としてMLBの事業を取り仕切っている。彼は1994~5年に起きたMLB選手会の長いストライキを指導した人物で、その後MLBの執行副社長からCOO、そしてコミッショナーとなり、申告敬遠制度など様々なルール改革にも手を付けてきた。
一方、日本(NPB)のコミッショナーは関西電力会長、経団連会長の榊原定征氏で、野球以外でこれほどの要職に就いている人物が、プロ野球の運営に深く関わる時間を割けるとも思えず、そもそもNPBのコミッショナーは、言わば名誉職でしかないのだ(と思っている人が多い)。
また、セ・パ両リーグ全体で(放映権の管理などの)ビジネスを展開しているわけでなく、現在も読売新聞社(読売グループ)が一球団(ジャイアンツ)のオーナーとしてプロ球界全体を牽引しているのだ。ならば今回のNetflixの一件は、オールドメディアがニューメディアとのWBCというビッグ・マーケットの獲得争いに完敗した一件と言える。
読売新聞社だけでなく朝日新聞社も、そしてセンバツ高校野球を主催する毎日新聞社も、今や斜陽とも言う人までいるオールドメディア(新聞&テレビ)が、自らの衰退に日本の野球界まで巻き添えにすることだけは避けてほしいものだ。
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