今年のパリ・オリンピックで、最も印象に残ったシーンは? と訊かれたら、あなたは何と答えますか? 女子やり投げ北口榛花選手が金メダルを決めた投擲のシーン? それとも男子体操団体が最後の鉄棒で、大逆転の金メダルに輝いたシーン? それともスケートボードで……いや、柔道で……と、様々な言葉が飛び交うに違いない。
が、日本選手の活躍したシーンだけでなく、今年のパリ・オリンピックには、オリンピックの歴史にとって、絶対に忘れてはならないシーンがあった。
それは、開会式―といっても、五輪史上初めてスタジアムを離れ、セーヌ川を船でパレードしたシーンでもなければ、河岸や橋の上でレディ・ガガやセリーヌ・ディオンが歌い、ファッションショーやダンスが披露されたことでもない。
聖火が気球の聖火台に乗せられ、空中に浮かんだことは、かなり斬新な演出だったが、私が注目したのはそれでもなく、船の上のステージで、フランスの女性歌手ジュリエット・アルマネが、ジョン・レノンの名曲『イマジン』を歌ったことに大注目させられた。
『イマジン』は、過去にも1996年のアトランタ大会でスティーヴィー・ワンダーによって歌われたのを皮切りに、2018年平昌冬季五輪、2021年東京大会、22年北京冬季大会でも歌われた。が、今回のパリ大会では歌われた意味が違った。実況中継したNHKのアナウンサーが紹介したように、『イマジン』は「今大会から開会式の一部として、毎回必ず歌われることになった」のだ。
それがどれほど「凄いこと」なのか!それは、歌詞の大意を知ればわかる。
〽みんな、想像して……天国なんて存在しない……地獄も存在しない……そして宗教も存在しない……国も存在しない……だから、殺す理由もなければ、殺される理由もない……そんな世界を想像することで、我々はみんな兄弟となって、一つになることができる……。
メロディはスローなバラードで優しく歌われるが、歌詞のラジカルさ(根源的で過激で、急進的なこと)は、誰にもわかる。だから、1991年湾岸戦争が始まったときは、イギリスの放送局BBCが放送禁止にした。また、9・11同時多発テロのあとは、アメリカ政府が各放送局に放送自粛の通達を出したのだった。
今回パリ五輪で歌われたときは、伴奏のピアノが真っ赤な炎に包まれ、それは明らかにウクライナやパレスチナでの戦火の止まない現状を表し、それに対して女性歌手が、〽国も宗教も存在せず、殺す理由も殺される理由もない……と歌いあげたのだった。
今後のオリンピックで、『イマジン』がどのように歌い継がれるのかはわからない。が、今回のパリ大会では開会式だけでなく、様々な会場でも流され、ビーチバレーではプレイ中にネット越しに口論が始まり、気まずい空気になったときに『イマジン』が流れ、選手たちは思わず微笑み(苦笑し?)、観客の間にも大合唱が湧き起こったという。
ならば今後のオリンピックで、選手たちの大合唱が起こり、ロシアの選手もベラルーシの選手もウクライナの選手も、イスラエルの選手もパレスチナの選手も、中国の選手も台湾の選手も、アメリカの選手もイランの選手も……みんな一緒になって、〽国も宗教も存在しない……そして我々は一つになる……と歌いあげる大会が生まれるかも……。
たかが歌じゃないか……とは言えない。
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