6月初旬、東京オリンピックの開会式(7月24日)まで50日を切ったが、新型コロナの感染は収束する気配を見せず、「中止」や「延期」を主張する声も収まらないなか、スポーツ界に、また別の注目すべき「大事件」が起きた。
テニスの大坂なおみ選手が全仏オープンを棄権し、自分が「鬱病」に悩み続けていた事実を告白したのだ。これは東京オリンピックが無事開催できるかどうか、という問題と肩を並べるほどの「大事件」だ。というのはコロナ禍での東京五輪開催(または中止)が、将来の「オリンピックの形」に影響を与えるのと同様、大坂選手の「告白」も将来の「スポーツの姿」に大きな影響を与えると思えるからだ。
五輪大会については、現在のように過度に肥大化した大会を将来も続けて良いものか…という疑問が今後必ず浮上してくるだろう。その結果どのような「改革案」が具体化するのか―IOC(国際オリンピック委員会)を国連管理下に置き、スポンサーやテレビの放映権料で支えられている運営をIOC加盟国のGDPによる分担金で運営する……とか、オリンピック発祥の地であるアテネでの常時開催……など、様々な案が出てくるかもしれない。
今回はその話題には深入りしないが、大坂なおみ選手の「鬱病」については、けっして彼女ひとりの問題ではなく、多くの一流アスリートたちが抱えている共通の大問題として捉える必要があるだろう。
現在、世界のトップ・アスリートたちは、誰もが強烈なプレッシャーのなかでプレイすることを強いられ、多くの選手が何らかの精神疾患を抱えているという調査報告もある。
FCバルセロナで活躍したサッカー選手で世界的に人気が高く、2010年のワールドカップでスペインを初優勝に導き、MVPに選ばれたアンドレス・イニエスタ選手も、自ら鬱病を経験したことを告白している。
ヨーロッパの一流クラブでプレイしているサッカー選手の40%近くが何らかの精神障害を抱えているとの調査結果もあり、イニエスタ選手がJリーグのヴィッセル神戸に移籍したのも、厳しい欧州サッカーの戦いやメディアの論調から逃れるためだったとも言われている。
またアテネ、北京、ロンドン、リオの五輪4大会の競泳で23個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプス選手も(離婚した父親との不仲という家庭の事情もあり)鬱病や神経症と闘うなかで競技に臨んでいたという。
小生の取材経験のなかでも、現役時代のボクサー具志堅用高選手は、常に必死になって恐怖と闘うなかでリングに上がり、世界王者になったあとのほうが恐怖感が強くなったと語っていた。また現役プロ野球選手時代の山本浩二選手や掛布雅之選手は、毎年ペナントレースの開幕が近づくと、今シーズンは1本もヒットやホームランを打てないのではないかという恐怖から、夜眠れなくなったと語っていた。そういう選手は神経がナイーヴすぎるというのではなく、多くの選手が同じような話をしてくれたのだった。
世界ランクの1位にまで上り詰めた大坂なおみ選手も、ランキングから落ちる恐怖や、試合に敗戦する恐怖などもプレッシャーとなり、さらに本人自身が「内向的」という性格で、一流選手に出席が義務化されている試合後の記者会見も、多大な精神的プレッシャーとなり、自ら一時的にコートを離れるという選択を決意をしたと考えられる。
大坂なおみ選手は2018年8月全米オープンに初優勝したころから鬱病に悩まされ始めたと告白したが、そのときの記者会見で興味深い回答を口にしていた。記者が「テニスをやっている子供たちにメッセージを……」と言うと、彼女は「テニスを楽しんで……そして、私を目指さないで……」と答えたのだ。
そのときは、自分を倒すような強い選手にならないで……とジョークを言ったと誰もが思ったが、彼女が鬱病をカミングアウトしたあとでは、別の深い意味があったとわかる。彼女は、私の経験しているような苦しいテニス(スポーツ)はやらないほうがイイ……と子供たちに忠告したのだ。
現在最先端の超一流のテニス選手の闘いはまず「データとの熾烈な情報戦」を勝ち抜くこととも言われている。あの選手のあの位置にボールを打つと、この位置に返される……あの選手へのサーヴ(リターン)はどこに打てば(返せば)良いか……といったことが全て"ビッグデータ"によって導かれ、その分析結果を頭に入れたうえで、コート上での闘いが展開されるのだ。
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