連載 Vol.6
 
吉川 弘道 東京都市大学 名誉教授
早稲田大学理工学部卒業、工学博士、コロラド大学客員教授(1992-3年)。専門は耐震工学、地震リスク、鉄筋コンクリート。土木学会論文賞、土木学会吉田賞他受賞。著書に『都市の地震防災』(フォーラムエイトパブリッシング)他多数。現在、インフラツーリズム推進会議議長を務めるほか、「魅せる土木」を提唱。‘土木ウォッチング’、‘Discover Doboku’を主宰。土木広報大賞2019(土木学会)準優秀部門賞(イベント部門)受賞。
Episode17
神流川水力発電所に構築された地下大空洞
― 有効落差653mを受止める巨大地下発電所の威容 ― 
■揚水式発電所とは:
大容量の水の位置エネルギーを利用した蓄電施設。通例、“深夜の余剰電力を使って上池に揚水して、日中の需要ピーク時に発電する”ことを目的とする。特に、電力需要ピーク時の安定供給と電力の平準化として効果を発揮する。

揚水式水力発電所は、中核となる発電施設を地下式とすることが多い。今回は、平成期のビッグプロジェクト、東京電力神流川(かんながわ)発電所の事例を紹介したい。群馬県と長野県に跨る純揚水式神流川発電所の主要施設(2県2水系)は、最も高地に位置する南相木ダム(上部調整池 ロックフィルダム)[Photo1]、中間地点の地下発電所[Photo2, Photo3]、そして最下部の上野ダム(下部調整池 重力式ダム)[Photo4]にて構成される。

【提供:すべて東京電力】
1 上部調整池/南相木(みなみあいき)ダム:ロックフィルダム 2 掘削中の地下発電所
3 稼働間近の地下発電所:発電機が設置されている 4 下部調整池/上野ダム:重力式ダム

このうち、深度500mに構築された地下発電所は、発電/変電施設を収めるため、高さ52m×幅33m×長さ216mの大規模空洞となっている。建設に先立ち、最先端の岩盤力学(rock mechanics)が応用され、それまでの経験値とも併せ、具体的な計画/設計がなされた。特に、非常に高い地圧下において力学的な安定を図るためには空洞の断面形状が重要であるが、従来の“きのこ形”に代わり、“卵形”が採用された([Photo2]を再度見て貰いたい)。

加えて、その施工に際しては、多くの先端技術が育まれたことを強調したい。大断面NATM工法、PCアンカー、ロックボルト、3次元有限要素解析などが長足の進歩を遂げ、情報化施工の先駆けとなったと言われている。

さて話しは変わるが、昭和世代には懐かしいSF人形劇サンダーバード(制作:イギリス)を覚えているだろうか。地下秘密基地から発進する国際救助隊サンダーバートに心踊ったが、この地下基地が群馬県に実現していたのだ。再生エネルギーの利用に寄与するため、電力平準化を遂行するため、与えられたミッションを粛々と遂行している。

【資料・画像出典:東京電力
【参照:鹿島建設 多用化するNATM】 


Episode18
首都圏で再開された舟運事業を探る
― 江戸幕府開闢から続く運河を巡る ― 
■江戸東京再発見コンソーシアム:
全国に広がる水辺のソーシャルアクションに通底する問題意識を持ち、時代の流れを先取りした取組みが成果を挙げている。電気ボート江戸号にて舟運ツアーを主催する。
【抜粋:東京街人GUIDE TO AUTHENTIC TOKYO

先ずは、清州橋と東京スカイツリーを収めた[Photo1]を見て頂きたい。さながら隅田川に鎮座する新旧巨大インフラの競演であり、年の差84歳の豪快なツーショットでもある。先輩格は関東大震災復興事業で建設された自碇式吊橋(昭和3年完成)、かたや新参者は高さ世界一の自立式電波塔(平成24年完成)。

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1 年の差84歳のツーショット: 清州橋と東京スカイツリー 

これは、“お江戸日本橋舟めぐり”(国土文化研究所)の体験乗船の折り、船長さんの計らいで絶好のカメラスポットに停船して貰った時のこと。私たち乗船客はこの時とばかりにシャッターを切ったのだ。このほかにも、各種舟運コース沿川には多種多様の見所スポット/インスタ映えスポットがあり、例えば、水位差のある河川網を連結する扇橋閘門[Photo2]、倉庫をリノベーションしたレストラン T.Y.HARBOR[Photo3]など、“川目線”から周辺施設を探訪する舟運の醍醐味は尽きない。

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2 感潮河川(隅田川方面)と水位低下河川を繋ぐ扇橋閘門
(2019年耐震補強工事が完了し、景観も変わっている)
3 倉庫をリノベーションしたレストランT.Y.HARBOR

さて、平成20年頃だろうか、水上観光や水上交通手段の促進と定着化を図るため、いわゆる舟運事業について多くの試みがなされた。水辺空間活用(東京都都市整備局)、舟運社会実験(国土交通省)、お江戸日本橋舟めぐり(江戸東京再発見コンソーシアム)など、魅力的なチャレンジが始まったことは記憶に新しい。これはまた、桟橋/船着き場/小型船ターミナルを生かした航路船の利活用(水上バス、シーバス、水上タクシー、歴史クルージングetc.)などに繋がり、臨海部の新たな魅力を引出すことが期待できる。そもそも、江戸時代に栄えた屋形船が舟運事業の先駆けであり大先輩では。

改めて、首都圏は水の都である。その起源は徳川家康入府に遡り、構築されたお堀や運河は河川遺構であり、現役の舟運水路でもある。加えて、大規模地震等災害時の防災施設としての機能(東京低地河川活用推進会議)も忘れてはならない。日常と緊急時にて機能する河川インフラの良きお手本であり、江戸幕府開闢の意図が連綿と引き継がれている。

☆追伸:
今回の画像は、“お江戸日本橋舟めぐり”(国土文化研究所)にて撮影したものである。乗船した電気ボート“江戸東京号” [Photo4]と舟めぐりコースの運航図[Photo5]を参照されたい。詳しくは...
国土文化研究所舟めぐり
江戸東京再発見コンソーシアムHP

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4 日本橋船着き場に向かう電気ボート江戸東京号


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5 神田川コースの運航図:江戸時代古地図と重書きしている
(提供:国土文化研究所)

Episode19
有限要素法の美学:Art and Beauty of FEM
― サイバー空間に映し出された土木のアート ― 
■有限要素法FEMの分類:
有限要素解析は、大きく、2次元・3次元、線形解析・非線形解析、静的解析・動的解析などに分類できる。非線形解析は、材料非線形と幾何学非線形に分けれる。また、類似の手法として、差分法FDAと境界要素法BEMが挙げられる。

1950~60年代に欧米で出現したコンピューター解析技術 有限要素法は、今世紀に入り、長足の進歩(高度化/高速化)を遂げ、縦横無尽にその威力を発揮している。いまや、有限要素解析は構造エンジニアにとってなくてはならない相棒。その出力は、時にえも言われぬ荘厳なアートを写し出す。Episode19では、美学(structural aesthetics)の観点から、4つの事例を解説・紹介したい。

[Photo1] 上下2層構造の地下鉄駅(鉄筋コンクリート製ボックスカルバート)およびその周辺地盤をモデル化したもの。上図が通常の状態(自重や土圧が作用)で、下図が地震荷重により、激しく横揺れしている状態。いわゆるラーメン構造(梁柱が剛結構造)の水平抵抗機構を直視することができる。

 
1 地下鉄駅部の2次元非線形動的解析(地震応答解析)

[Photo2] 鋼鈑桁+鋼製トラスで構成される道路橋。上図はバーチャルリアリティーを併用して谷あいに架橋された様子を再現している。下図は3次元構造図で、種々の過酷な荷重(活荷重、死荷重、地震荷重、風荷重 etc.)を課し、強度/変形等をチェックする。また、景観アセスメントにも利活用され、ICT技術の先兵でもある。

 
2 鋼製道路橋の3次元動的非線形解析(VRおよび構造図)

[Photo3] 供用中の道路橋橋脚(高さ12m)の近隣での掘削工事(幅10m 深さ10m)が予定され、その影響を事前解析している。上図は掘削前の状態で、下図は掘削工事後の地盤の応力状態を示している。地盤を除去しただけでも、近隣周辺に悪影響を与えることがある。

 
3 近接掘削工事検討のための2次元静的解析

[Photo4] 長大鉄筋コンクリートアーチ橋(橋長118m)の解析要素図。種々の設計荷重に対して、設計基準に合致するかどうか、計算機上にて検証される。本例は、102,718個に及ぶ立体6面体要素にてモデル化された壮大かつ精緻な構造設計でもある。

 
4 上路式RCアーチ橋の3次元大規模解析

さて、有限要素法(FEM: finite element method)とは、対象構造物を要素分割(離散化)し、荷重・変位・振動・衝撃・温度など外的な作用(action)を与えたときの数値近似解を求める計算手法。現在では多種多様の商用ソフトが開発/販売され、土木/建築/機械/原子力/自動車などの工学分野必須の解析ツールや設計ツール(ソフト技術)となっている。

過酷な荷重に対して、軽微な損傷から崩壊などリアルな非線形解析を何回も試算/設計することができる。加えて、最先端の可視化手法(画像化)により、‘その耐え忍ぶ様子’を観察することができることも大きな魅力。

Episode19では、解析手法や解析結果を吟味/議論するのではなく、出力された荘厳美麗な画像をただただ堪能されたい。次世代を担う若者にお裾分けしたい、次世代に伝えたい土木の美学(art and aesthetics of FEM)である。

【画像提供:4例ともフォーラムエイト】


Episode20
浪漫溢れる日本の鉄道駅舎
― 歴史と格式を令和に伝える駅舎の素顔 ― 
■日本の鉄道駅舎:
日本の鉄道は、明治5年、新橋~横浜間の6駅を有する鉄道路線として始まり、明治末期までに全国の幹線網がほぼ完成された。現在、駅舎総数は9000を優に超え、その構造形式は地上駅、橋上駅、高架駅、地下駅など多様化している。

明治期に開花した鉄道インフラはやがて全国に及び、現在、鉄道駅舎は9000を超えると言われている。これらの多くは地域の発展とともに歴史を重ね、そのクロニクル(年代譜)を令和の現代に伝えている。Episode20では、伝統と格式を誇る5つの駅舎を、その画像とともに紹介したい。『なぜ、*****駅がないんだ!』のお叱りは収めて頂き、先ずは駅舎のファサードとも言うべき表玄関をとくとご覧あれ。

[Photo1] JR四国琴平駅(香川県)
明治22年(1889年: 大日本帝国憲法が発布された年でもある)に開業した琴平駅は、昭和11年(1936年)に現在の駅舎が竣工。有形文化財に指定されている木造平屋建ての洋風駅舎は、金刀比羅宮参りの起点として馴染み深い。

1 JR四国琴平駅(香川県)

[Photo2] 旧国鉄大社駅(島根県)【著者撮影】
旧国有鉄道大社駅は明治45年(1912年)に開業し、大正13年(1924年)に改築。JR大社線は既に廃止され、駅舎は国の重要文化財に指定され、当地に保存されている。出雲大社の門前町に相応しい重厚な日本風木造建屋は、多くの観光客を魅了する。

2 旧国鉄大社駅(島根県)【著者撮影】

[Photo3] JR九州嘉例川駅(鹿児島県)【画像:鹿児島県観光連盟】
明治36年(1903年)に開業したJR九州肥薩線の木造駅舎は、既に100余年の歳月を刻んでいる。静かな山間に佇む嘉例川駅はノスタルジックな駅舎が魅力。観光特急が停車する無人駅でもある(国の登録有形文化財に指定)。

3 JR九州嘉例川駅(鹿児島県)【画像:鹿児島県観光連盟】


[Photo4] 東急電鉄田園調布駅復元駅舎(東京都大田区)【著者撮影】
平成2年(1990年)地下化工事に伴い解体されたが、歴史的な建造物の保存から平成12年(2000年)に復元され、高級住宅街に通じる西口ロータリーの顔となっている。異彩を放つ屋根のデザインは、マンサード・ルーフという欧州中世紀の民家がモデルと言われている。

[Photo5] JR北海道原生花園駅(北海道)【著者撮影】
北海道を象徴する広大な小清水原生花園(網走国定公園)にアクセスする季節営業駅(昭和62年(1987年)開業)。JR釧網本線(せんもうほんせん)の臨時駅は、オホーツク海、湿地草原帯、濤沸湖が繰り広げるパノラマビューの中にポツンと佇んでいる。

さて、明治・大正・昭和に開業した数千の駅舎は言わずもがな地域のシンボルであり、現世代にとっては生まれたとき当たり前のように鎮座している。そして、駅は人々が集う空間であり、また観光ポスターの顔にもなることしばしば。

加えて、一日当たりの乗降人員が2万人を数える田園調布駅から、100人に満たない嘉例川駅、季節営業の原生花園駅等々、それぞれの鉄道駅はそれぞれのミッションがある。初めて訪れる旅行者やビジネス客には伺い知れない歴史と伝統を内包し、令和にその風格を繋いでいる。



吉川 弘道 氏 関連サイト
Discover Doboku 日本の土木再発見
https://www.facebook.com/DiscoverDoboku
土木ウォッチング -インフラ大図鑑-
https://www.doboku-watching.com/
4 東急電鉄田園調布駅復元駅舎(東京都大田区)【著者撮影】
5 JR北海道原生花園駅(北海道)【著者撮影】


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