2020年春から始まったコロナ禍による渡航規制がようやく解除されて、以前のような海外でのワークショップ開催が可能になりました。今回は、オランダのフローニンゲン市で開催されたWorld16メンバーによる第14回VRサマー・ワークショップ2023の報告を行います。
World16は世界中の国々から集まった建築・都市計画関係のVR研究者・大学教授による国際研究グループの名称であり、毎夏に数日間のワークショップを通して革新的プロジェクトを提案・開発しあう活動をしています。学術的な国際学会とは違い、ある程度メンバーを固定することによって、長期的なビジョンの開発計画をいろいろな角度から議論することが可能です。また、通常の研究者への依頼型の交流とは違った新しい形の産学連携を目指しており、企業の開発者達と共にプロトタイプを開発するユニークなものです。
今回はWrold16メンバーの一人である、アマル・ベナージ教授が教鞭をとっているハンゼ応用科学大学で行いました。フローニンゲン市はオランダの首都アムステルダム市から電車で2時間の場所にあり、ドイツ国境に近い北部の都市です。学生の割合が非常に多く、また自転車の利用率が高い都市としても有名です。街中に自転車があふれていることにびっくりしました。自転車専用レーンが完成されており、都市計画の勉強になる題材があふれている都市です。
それでは、今回のワークショップで提案されたプロジェクトを紹介していきます。
バージニア工科大学のトーマス・タッカー教授と元ビクトリア大学ウェリントンの学部長で、現在はCIC Forum8 Lab所長のマーク・アウレル氏は、VRとNFT連携の提案をしました。ラリーというモータースポーツのプロモーションのために、空間内のQRコードを読み取り3Dコンテンツを取得できたり、それらを編集したコンテンツをNFTに登録できるプロトタイプ・システムを開発しました。フォーラムエイトはWRC(ワールド・ラリー選手権)のスポンサーであり、11月開催のフォーラムエイト・ラリージャパンでの本システムの利用を目指しています。
ジョージア工科大学のマシュー・スフォーツ氏は、海洋に浮かぶソーラ・システムのためのシミュレーションツールを提案しました。いろいろなタイプの太陽光場パネルが、海洋の状態によってうける影響を、VR空間で目視観察でき、同時にエネルギー効率も計算できるようなツールを開発しました。
バージニア工科大学のドンソー・チョイ氏は、スマートフォンなどの簡易デバイスを使って3D点群データとして取得し、リアルタイムで可視化する提案を行いました。クラウドを利用した点群観測のリアルタイムデータ所得とそれのリアルタイム表示の実現にはまだ課題が多くありますが、それらをこれから解決していく予定です。
マイアミ大学のルース・ロン氏は、フォーラムエイト社のF8VPSというオンラインVRサービスを利用して、実際の大学講座での学生作品展示に使う提案を行いました。3Dコンテンツをオンライン環境に適したデータ変換方法の特定と、一般のデザイン学生にとってスムーズに行えるようなインターフェイス開発のための要望リストなどをまとめました。
シェンカー大学(イスラエル)のレベッカ・ビタル氏は、オンラインVRサービスであるF8VPS内で、キュレータが自由にVR展示作品を編集できるようなインターフェイスの提案を行いました。VR美術館でどこにどのような作品を展示するかをユーザが管理できるようにすることで、迅速なVR美術館作成につながります。
ピサ大学(イタリア)のパオロ・フィアマ氏は、デジタル・ツイン技術を利用して防火安全チェックをおこなえるようなシステムを提案しました。実際の建物に設置されている消火器を点検する時に、おかれている位置や消火器のデータをデジタルツインに迅速に反映するために、各消火器にQRコードを貼り付け、データベースにアクセスできるようにしました。
ハンゼ応用科学大学(オランダ)のアマル・ベナージ氏は、VRを使った建築資材のサーキュラー・エコノミー(巡回型経済)の提案を行いました。氏は解体した住宅から窓枠、柱、梁、壁などの住宅資材をデータベース化し、新規物件建設に再利用する実証実験を大学で行っています。それらをVR空間で管理したり、経済効果を可視化することでSDGsに対応したシステムの期待がもてます。
大阪大学の福田知弘氏は、複数の画像から3Dオブジェクトを描写するNeRF(Neural Radiance Fields)という技術のVR応用利用を提案しました。メッシュ化することなく3Dを描写できる新しい技術の実証実験と、生成されたデータから通常の3Dメッシュ化やAIツールとの連携などのテストを行いました。
香港理工大学のスカイ・ロー氏はタンジブルデバイスとXR空間の連動をテーマに、実際に触れたり動かしたりできるアイテムをつかって、VRモデルの3D操作ができるようにするツールの提案をしました。机の上においた消しゴムで、3Dコンテンツを回転したり移動できることで、新しいインターラクティヴなインターフェイスが可能です。
同済大学のコスタス・タージディス氏は、アバター動画生成AIツールのD-IDを利用した新しいストーリーテリングを提案しました。実際の人物とAIアバターとあたかも会話しているように見せたり、実際の人物を入れ替えたりすることで、今までできなかったような宣伝やプロダクト解説の可能性をしめしました。
アリゾナ州立大学の小林佳弘氏は、今年の7月にフォーラムエイトパブリッシングから「一日で学べるクラウド・AI」というテキスト書籍を出版しました。本書は最先端表現技術利用推進協会(表技協)の表現技術検定という1日の検定講座のためのテキストです。クラウドとAIという重要なトピックの概要を1日で理解できるような学習方法提案のために、D-IDを利用し、いろいろなキャラクターがテキストを読み上げてくれる動画作成の方法を紹介しました。
カルフォルニア大学サンタバーバラ校のマルコス・ノバック氏は、ChatGPTを利用してフォーラムエイト社のソフトウェアをカスタマイズしていく提案をしました。ChatGPTは質疑応答の会話だけではなく、実際のプログラムを書いてくれたりヒントを提供することが可能です。F8VPSやUC-win/RoadのAPIを通してChatGPTと連携できれば、ユーザが独自の開発をしたい時のサポート機能となります。3DデータもChatGPTを使って形をなるたけ変えないようにポリゴン数を減らすことも実践してみました。
今年はオンラインVRツールであるF8VPS関連の提案と、AIツールとの連携を提案するものが多かったです。サマー・ワークショップでの成果は11月に開催されるF8デザインフェスティバルのVRシンポジウムで発表予定ですので、ご興味のある方は是非ご参加ください。
招待講演とフローニンゲンの風景
今回のワークショップでは以下の2名による招待講演が行われました。
1人目は、ベルナンド・ポシュムス氏です。彼はオランダの建築3Dデザイナーで、建築家のために3Dモデルの作成やレンダリングを制作しています。彼が影響を受けている以下のデジタルアーティスト3名の解説と生成AIについての講義を行いました。
2人目は、イーファン・バル教授です。彼はハンゼ応用科学大学の地震研究所の所長で、講義はオランダにおける地震の概要と、画像AIをつかってレンガ造りの構造物のひび割れを自動検出する研究についてでした。オランダ・フローニンゲンはガス田からのガス採掘による地震の影響で、10万件以上の住宅に被害がでています。国はその調査と住宅の修繕のための調査を行う必要がありますが、既存の測量方法では限界があます。バル教授はAIを使うことで、修繕の必要のある住宅やレンガづくりの構造物の選定の自動化を目指しています。講演はハンゼ応用科学大学のはずれの広大な敷地内のBuildinGとよばれる建物でおこなわれました。企業との共同研究が多くなされていて、地震研究所もその1つでした。
初日にはフローニンゲンの市内観光と、ボートツアーを行いました。1時間程度でボートで回れるくらいのスケールが中心街となっています。
Day4の懇親会は、フローニンゲンの中心部にあるForumとよばれる変わった建物(今回のワークショップのポスターの真ん中の建物)の屋上で行いました。ハンゼ応用科学大学にも変わった形の建物が多く、若者がいろいろチャレンジしている感じが伝わってきました。
ボートツアー
Forumの建物
City Walk
懇親会
VRの活用提案を発表・議論してきた国際VRシンポジウム。先進的な研究・開発、World16とフォーラムエイトの連携によって実現されるパッケージ製品展開についての成果発表が、デザインフェスティバルDAY2にて開催されます。
(Up&Coming '23 秋の号掲載)
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