はじめに

福田知弘氏による「都市と建築のブログ」の好評連載の第32回。毎回、福田氏がユーモアを交えて紹介する都市や建築。今回は富山県・南砺市の3Dデジタルシティ・モデリングにフォーラムエイトVRサポートグループのスタッフがチャレンジします。どうぞお楽しみください。

Vol.32

南砺:合掌造り

大阪大学大学院准教授 福田 知弘

プロフィール

1971年兵庫県加古川市生まれ。大阪大学大学院准教授,博士(工学)。環境設計情報学が専門。国内外のプロジェクトに関わる。CAADRIA(Computer Aided Architectural Design Research In Asia)学会 会長、日本建築学会 近畿支部常議員、NPO 法人もうひとつの旅クラブ副理事長、大阪旅めがねエリアクルー。「光都・こうべ」照明デザイン設計競技最優秀賞受賞。著書「VR プレゼンテーションと新しい街づくり」「はじめての環境デザイン学」など。ふくだぶろーぐは、http://fukudablog.hatenablog.com/

南砺へ

北陸新幹線開業で賑わう金沢から、南砺市へ向かう。南砺市は富山県の南西の角に位置し、人口は5万人強。市の北部は散居村で有名な砺波平野が広がり、南部は山地である。

このような田舎の町であるが、南砺には、世界遺産登録20周年を迎えた五箇山の合掌造り集落をはじめとして、魅力的な資源が点在している。

いなみ国際木彫刻キャンプ

井波は、瑞泉寺の門前町として古くから栄えた。瑞泉寺は大きなお寺。本堂は間口46m、奥行43m、畳の数450畳であり、木造建築としては、京都の東本願寺、三十三間堂、西本願寺に次いで4番目の大きさだそうである。この瑞泉寺の再建を起源として、今日では「井波彫刻」の町として知られるようになった。門前町・八日町通りを歩くと、普通の商店街とは少し趣が異なり、トントントンと木彫りの音が聞こえてくる。路線バスの停留所の看板【図1】、この10年で急激に珍しくなった電話ボックスも木彫りである。今でも200名ほどの彫刻師が暮らしており、200本以上ともいわれる彫刻刀を使い分けながら、建物の装飾や欄間、仏像、人形などを制作している。

【図1】 路線バス停留所の木彫り看板

井波では、「木彫りを通して世界をつなぐ」をテーマに、南砺市いなみ国際木彫刻キャンプは4年に一度、開催されている【図2】。

【図2】瑞泉寺といなみ国際木彫刻キャンプ会場

瑞泉寺の境内を舞台に、世界各国の彫刻家たちが集まり、約2週間かけて、原木から作品を完成させる。制作の様子は一般公開されており、いつでも見学可能である。このイベントは、作品のできばえを競い合うコンクール方式ではなくキャンプ方式であり、世界中の作家と来場者が期間中に互いの伝統、文化に触れあうことを目的のひとつとしている。

7回目を迎えた2015年8月のキャンプでは、アルゼンチン、オーストラリア、中国、チェコ、ハンガリー、イタリア、韓国、モンテネグロ、モロッコ、スイス、トルコ、そして日本から計12か国、17者が参加した。入口に掲示された「会場でのドローンの使用はご遠慮ください。」の案内板は時節柄なのか。アルゼンチンの作家は、「向こう側」と題して、日本とアルゼンチンとの地理関係をヒントに、地球を挟んで人間が向かい合っている作品づくり【図3】。各ブースのパネルには、作家と会話を始めるきっかけづくりとして、「こんにちは」「暑いですね」「頑張って下さい」の3つの言葉が、作家の母国語で書かれてあった。

【図3】アルゼンチン作家ブース

地元の中高生がそれぞれの作家の世話係として、木くずの掃除やドリンクの提供などお手伝いをしていた様子が印象的であった。子供たちは、生まれ育った自分の町に国際的な彫刻家たちがやってきて、作品を手掛ける姿を間近で体験できる。世界とは、海の向こうにあるだけではなく、すぐ近所にあることを気づかせてくれる貴重な場である。

利賀村

井波から車で1時間ほど山道を進むと人口850人ほどの過疎の村、利賀村にたどり着いた。利賀芸術公園では「SCOTサマー・シーズン2015」が開催されていた。今年は、演出家・鈴木忠志が劇団SCOT(Suzuki Company of Toga)を創立して50年目、利賀村に拠点を移して40年目を迎えた。既に、富山県や南砺市の協力により、既存施設のリノベーションを含めて、6つの劇場、稽古場、宿舎、食堂等の施設が整備されている【図4,5】。

【図4】利賀芸術公園グルメ館。右端のテント村に宿泊

【図5】屋外劇場

夜8時から「世界の果てからこんにちは」を観覧したが、何と、800席ある屋外劇場は満席であった【図6】。日本の繁栄と没落の歩みを風刺的に描いた作品。劇の進行に合わせて、真っ暗闇の中に花火が打ち上げられるなど、背景の山なみまでを取りこんだ、屋外劇ならではの演出。想像以上に壮大なスケールであった。終わるや否や、観衆から惜しみない拍手がわき起こった。そして鈴木氏のお声掛けで、来賓を交えての鏡割り。そして観衆も舞台に降りて、俳優やスタッフと交流できる。主客一体。

【図6】「世界の果てからこんにちは」観客席

利賀芸術公園のグルメ館は、サマー・シーズン期間中「天空と星空のシアターヴィレッジ」として、地元の食やジビエ料理(熊汁)、バー(地ビール)が深夜まで営業されているのがうれしい【図7】。

【図7】「天空と星空のシアターヴィレッジ」のバーとジビエ料理

「世界の果てからこんにちは」の余韻に浸りながら、新たに出会えたメンバーと談笑することができた【図8】。

【図8】演劇の余韻に浸りつつ談笑

五箇山・合掌造り

五箇山の代表的な合掌造り集落として、相倉と菅沼があり、23棟、9棟が残されている【図9,10】。

【図9】五箇山・相倉集落

【図10】五箇山・菅沼集落

蕎麦と五箇山とうふを頂いてから、集落を散策した【図11】。

【図11】蕎麦と五箇山とうふ

屋根は60度の急こう配で正三角形の形をしている。五箇山は、特別豪雪地帯にあるために、雪が滑り落ちやすい構造となっている。また、大きな三角帽子はやじろべえのように支点を定めて1階の軸組みの上に載せてあるだけで固定はされていない。チョンナバリと呼ばれる太い梁であり、これは斜面に生育して自然に曲がったナラ材を用いている。

合掌造りの1階は大工が作るが、2階以上は結(ゆい)という制度の元、村人が共同で作る。釘や金具を一切使わず、荒縄とネソと呼ばれるマンサクの木で組み上げられている。建物は、生活の場だけでなく、和紙漉き、塩硝作り、養蚕などの生業の場として使われてきた。周りと遮断されてしまう冬の厳しい環境においても暮らせるように考えられた合理的な建物である。

村上家は、相倉と菅沼の間に位置する合掌造りで、高さ10.96m、幅10.74m、奥行き20.37mと大きなものである【図12】。天正年間(1573~1591)に建てられたといわれており、この時期は、何と、織田信長が安土城を築いた頃である。

【図12】五箇山・村上家

村上家の調査は、今回の南砺訪問の目的のひとつであった。南砺市と(一財)最先端表現技術利用推進協会(表技協)は連携プロジェクトを立ち上げており、五箇山合掌造りを核として、3DVRアーカイブスの構築を進めている。これは、歴史的文化的な五箇山合掌造りと最先端技術との融合により、価値の高い五箇山の価値の高い文化資産の継承や普及、啓蒙を目的としている。

その第一弾として、村上家の内外空間を3Dモデル化して3DCGムービーを制作した。これは、合掌造り構造やそこで暮らす人々の風習や生活の知恵をわかりやすく紹介しようというものである。筆者は監修を務めた。2015年10月末に南砺市で開催された世界遺産登録20周年記念式典で初公開、11月に神戸市で開催されたシーグラフアジア2015でも紹介された。ネットでも視聴することができるので、是非ご覧頂きたい。3Dモデルは今後、「南砺3DVRアーカイブス」の構築に向けて、様々な形で活用、拡張される計画である。

紹介ムービー
3DCGで見る五箇山の合掌造り
https://youtu.be/d4QFWg0yWzI

それにしても、道中、たくさんの生き物に出会えた。郵便ポストの雨ガエルは色の対比が美しい。細い草にしがみついたトカゲはバランス感覚が良いのだろう。垂直の杉板にキリギリスがしがみついていたが、杉板ではなく人工タイルだったら彼はツルツル滑ってしまい、筆者とは出会えなかったであろう【図13】。利賀村のゆるキャラにもなっている「オロロ」という大きなアブにもまとわりつかれてオロオロした(笑)。

そんな、懐かしさたっぷりの南砺訪問であった。

【図13】南砺で出会った生き物たち

3Dデジタルシティ by UC-win/Road
「南砺」の3Dデジタルシティ・モデリングにチャレンジ

今回は、富山県南砺市にある五箇山と、彫刻の町・井波の瑞泉寺を作成しました。合掌造りの村上家は屋根構造や囲炉裏、床の間といった建物の内部まで詳細にVRで再現しています。
井波別院瑞泉寺では本殿、太子殿、瑞泉会館と、高岡門へ続く八日町通りの彫刻店や町家が軒を連ねる様子をご覧いただけます。

五箇山・合掌造り「村上家」

村上家一階の床の間

井波別院瑞泉寺 境内

井波別院瑞泉寺・高岡門

「スパコンクラウド® CGムービーサービス」では、POV-Rayにより作成した高精細な動画ファイルを提供します。今回の3Dデジタルシティのレンダリングにも使用されており、スパコンの利用により高精細な動画ファイルの提供が可能です。また、POV-Rayを利用しているため、UC-win/Roadで出力後にスクリプトファイルをエディタ等で修正できます。

(Up&Coming '16 新年号掲載)